国家は疑心暗鬼を使い国民を統制するーナニカアルを読んでー

桐野夏生「ナニカアル」を読んだ感想を書きます。(半ネタばれ)

①とてもいい小説だ。すごい小説だ。戦時中の戦意高揚に活躍した良心的ジャーナリストや作家の役割とその苦しみが良くあらわれている。
新しく「大東亜共栄圏」に組み入れられた地域の様子も活写されている。特に古くからのインドネシアの日本人植民者への日本軍政の過酷さは知らなかった。小説とは言いながら、その通りだろうと思った。

②圧巻は、主人公林芙美子とその不倫相手斎藤謙太郎を引き裂く国家権力の生々しさである。
斎藤謙太郎をスパイと疑う国家権力、そしてそれをあばくため餌として使われる芙美子。日常の中に疑心暗鬼をまき散らす国家権力。怖い。怖い。所詮「永遠の0」=特攻なんぞはきれいごとと思ってしまうほどの怖さだ。
日常の中に権力が忍びむ、いや忍び込んでいるのでは思わされる怖さ。その結果国家への忠誠を余儀なくされる。その醜さ。・・・これこそがファシズムだ。

特定秘密法で、もし民間が処罰されたら、秘密がなんであるか秘密故、何故処罰されたのだろうと疑心暗鬼を生む。
この小説中で、斎藤をわざと特別扱いしスパイと疑われるようにしたのは米国国家権力だ。
特定秘密法で、あるジャーナリストが処罰され、別な人が処罰されないとすると疑心暗鬼を生む。恐ろしい。ファシズムになる。特定秘密法は、絶対廃止すべきだ。
最低でも民間処罰規定はなくすべきだ。15年くらいで全て公開とすべきだ。あいまいな規定は全てなくすべきだ。もちろん条文でだ。政府説明などではだめだ。
そんなことをこの小説で思った。こんなこと思わせるくらい迫力ある小説だ。
題名の「ナニカアル」は、疑心暗鬼を暗示しているのじゃないか?

③実際上の林芙美子はしらない。しかし、小説上の芙美子もすごい女性だ。実子を養子として育てる。しかも不倫の相手の子どもだ。
別に言えば夫に育てさせるということでもあるのだ。一面恐ろしい。何故そんなことをするか。俺は子を欲しかったこともあるが、結局斎藤を愛しているからだと思う。ではなぜ斎藤を捨てたか。それは作家のプライドを傷つけられたからだろう。
芙美子のお母さんも面白い。こんな芙美子をあっさり受け入れる。こちらもすごいねえ。芙美子より上だ。化け物だ。
芙美子と斎藤の仲を裂いた「放浪記」はぜひ読んでみたい。もっとも斎藤もことばと違い、「放浪記」は、十分認めているとは思う。

林芙美子桐野夏生に興味を持った。