三陸海岸ミニ旅行記

9月15日〜16日妻と三陸沿岸を車で見て回りました。と言ってもまったく表面をなぞっただけでしたが。

初日は、小袖海岸です。あのNHKの「あまちゃん」のロケ地です。私は、あのドラマを
殆ど見てなかったのですが、妻は毎日2〜3回見ていて、感激の様子でした。あのドラマのおかげで今年も随分、観光客が訪れたと現地のボランテイアの人がおっしゃってました。もしあのドラマがなかったらさびしい場所だったでしょう。現在素潜り漁の観光中心になるセンターを建設中とか。出来るまでブームが続けばいいがなと思いました。その後は、宮古までまっしぐらに南下しました。

二日目の最初は浄土ヶ浜です。10数年前子ども達を連れて以来の再訪でした。観光船に乗りました。船が3隻あったそうですが、あの津波で1隻しか残らなかったのだそうです。船長が、沖への船を出し沈没を免れたのだそうです。すぐに港に帰れなくて、カモメにあげるパンを食べて飢えをしのいだのだそうです。(笑)沖の堤防を再建しているそばを観光船は進んで行きました。ガイドさんの話ですと、「潜り」の最中で最低速で行かないとのことでした。

その後山田〜大槌〜釜石〜大船渡〜陸前高田気仙沼〜本吉〜歌津〜志津川と沿岸を南下しました。国道45号線です。
同じパターンの連続です。坂道を登りトンネルを抜けると下り坂となり、岬に抱かれた入江が見えます。大小の違いはありますが、入江の奥に町(の跡)があります。今は、工事中ですが。そこを過ぎると、また登りートンネルー下りー入江ー工事現場という繰り返しです。地形を思いだすとリアス海岸を貫く道はそうなりますね。
震災前であれば、小さな美しい集落があったことでしょう。そこには、海の幸に依存した共同体があったことでしょう。むのたけじの本で知ったことですが、農村は排他的であったが、漁村集落はよその人も暖かく迎えたとか。そんな集落も一瞬のうちで消えてしまいました。
田老の破壊された堤防の残骸も見ました。仮設住宅も多く見ました。コンビニもところどころにありましたが、プレハブ建設でした。

井上ひさしの「吉里吉里人」が印象深く、吉里吉里海岸(小説は、この名前をとったと言われます)や蓬莱島(ひょうたん島のモデルと言われます)を見たかったのですが、津波のせいで道路が不十分で行くのを諦めました。高田の奇跡の一本松は、時間の都合で遠くから見ました。


堤防も道路も港も住宅もまだまだと言う感じがしました。人の日常の生活がこの地で再開されるのか、心配になりました。人がいなけりゃ店も学校も病院も生産現場介護施設も警察・消防も存在が難しい。前途多難と思いました。

私達の地方も今復興工事で表面元気です。夜のネオン街は震災前より元気です。三陸地方も同じでしょう。工事が終了した数年後、どうなっていることか、年寄りだけのさびれた町や村になっていくことでしょう。

残るのは維持費のかかるインフラと国の借金です。

こんなに公共事業やって、お金をじゃぶじゃぶ垂れ流してこの程度のGDPの伸びなのですからアベノミクスもだめですね。

9月15日、国道6号線で相馬地方からいわきへ行けることとなりました。私は通って見たいと思います。しかし、わが妻は、行かないと言います。バイク・自転車・徒歩ではだめなんです。いかに危険かわかります。夫沢(おっとざわ、第一原発に最も近い6号線)では、今でも毎時20〜30マイクロシーベルトだそうです。除染してこのぐらいなんです。そこでは、短時間しか被曝しないんですが、行きたくない人は行きません。しかしここ通れないとすごい不便です。お金もかかります。まったくどこまで迷惑かけることか?
原子力村の、ばかやろーです。