哀しくて、厳粛で、背筋を伸ばさざるを得ない現日本国憲法

今年は運が良い年かもしれない。新年早々良い本に当たった。
「1945年のクリスマス」(1995年)である。ベアテ・シロタ・ゴートンの自伝(平岡磨紀子構成・文)である。彼女の名前は、現日本国憲法の男女平等条項の起草者と言うことで知っていたが、どのような人かは、まったく知らなかった。

GHQの民政局が、現憲法の草案(マッカーサー草案)を作って、当時の日本政府に押し付けたのは、良く知られている事実と思う。その草案の人権部分の、男女同権の部分を書いたのが、22歳のベアテ・シロタ(当時独身女性)である。

思った感想を以下に書きとめて、読んだ記念とする。

(1)この本には嘘がないと思った。何せ正直である。誠実な人と思った。
自分の母が不倫の果て息子を棄て離婚して、自分の父と結婚したことや自分が結婚する前のボーフレンドのことを夫以上に詳しく書いていること、自分の失敗や無力さを正直に書いていることで、誠実な人と思った。自分のことを「あまり不美人でもない」なんて言っていて、可愛い。(実際はすごい美人だろうー西洋的基準でいうと)日本国民を封建民族と言ったり(日本国民を愛しているのも事実)、ホイットニー准将(このプロジェクトの事実上の責任者)を女性の目からちょっとパスしたい人なんて言ったり、正直である。
特に、女性の権利・子どもの権利を事細かに憲法案に書いたのを上司のケージス大佐等から殆どカットされた時、まともに抵抗できず、ただケージス大佐にすがって泣いたと書いてあることに、いろんな意味で感動した。

(2)彼女のすごさにびっくりした。語学力がすごい。ロシア語・ドイツ語・英語・フランス語・日本語・スペイン語が出来る。行動力がすごい。その行動力は、自伝全編に横溢している。米国帰国後、日本文化・アジア文化を米国に紹介する活動はすごい。

(3)彼女を育てた背景が劇的である。ロシア生まれのユダヤ人。ウイーン育ち。ヨーロッパの親戚の多くがナチによる迫害死や戦死。5歳から15歳まで日本で生活。父親は有名なピアニスト。太平洋戦争時には、両親が日本に住み(憲兵の監視下)、彼女は米国留学中(仕送りがなくなり働きつつ勉学)、父母に会うためGHQに就職して、1945年12月24日来日(題名の由来)

(4)敗戦直後の占領軍の様子が分かって面白い。マッカーサー草案を作る過程が生き生きと活写されていている。基本的人権の原案を作った三人(ベアテを含む)と上司の激しいやり取りが興味ぶかい。

(5)その議論のレベルの高さと激しさはすごい。内容には触れられないが、ベアテの言葉で、その背景はわかる。彼女は言う。「(民政局で憲法草案にかかわった人は)軍人の階級章は付けてはいても、大学の教授クラスの人ばかり」(p43)「私ばかりではなく皆理想国家を夢見ていた。戦勝国の軍人とて、家族や恋人を失った人は多かった。私もその一人だし、みんな戦争には懲りていた」(p207)真剣勝負となるのは当然である。

(6)女性子どもの人権に関するベアテ原案の多くはカットされた。その一つ「妊婦と乳児の保育にあたっている母親は、既婚・未婚を問わず、国から守られる。・・・嫡出でない子供は法的に差別を受けず、法的に認められた子供同様に、・・・機会を与えられる」を見て、彼女はホントに日本の女性のことを考えていると思った。そしてケージスは、カットする理由を「細かいことは民法に書くべき」
と言ったが、それは、そうと思う。しかし、つい近頃嫡出・非嫡子の差別を撤廃することが決まったことを思う時、ベアテの方が正しかったのだと思う。憲法で規定しておかなければ、日本の(いや米国を含む世界のほとんどだろう)男女平等は実現しないのだ。それでも
努力しなけりゃ実現しない。
この本の冒頭のメッセージを紹介する。
「私は今でも、高い理想を掲げた日本国憲法は素晴らしいと思っています。私は、この本を読んでくださった女性が自立し、仕事を持ち、女性の権利の獲得のため闘い続ける勇気を持っていただければ、と思っています。また、この本をお読みになる男性は、そういう女性を支えて下しますようお願いします」

(7)この本を読んで、一番先に思ったことは、日本国憲法は哀しいと言うことだ。GHQが原案を作ったのは100%事実だからだ。日本本国民が作ったものじゃない。確かに、日本政府の抵抗で一院制を二院制にできた。国会審議中に芦田修正(自衛隊の存在を合憲と考える余地のある9条改変)、「健康で文化的最低限度の生活を営む権利」の挿入はあるが、基本は、GHQ民生局の連中の頭の中から生まれたものだ。そしてさらに哀しいのは、2012年決定された自民党憲法改正案だ。日本人による21世紀につくられた憲法草案だ。それが、現憲法より残念ながらレベルが低い。現憲法を下敷きにしていてもだ。それは、憲法前文を比較すれば、すぐわかる。

しかし私は、こう考える。
GHQ民政局の連中が参考にしたのは、国連憲章、ワイマール憲法ソ連憲法、米独立宣言、米国憲法、英国各法、フランス憲法、日本の民間憲法研究会案、反面教師としての明治憲法等である。そうして、それぞれの憲法・法・宣言の背景には、人類の長い長い努力と血と悲しみがあった。様々な経験があった。そうして、GHQ民政局員の前には、生々しく日本の廃墟があった。第二次大戦の数千万の戦死傷者それに幾層倍する人々の悲しみがあった。それらが現憲法をつくったのである。人類の全経験が現憲法になったのである。それを考えると、私は、現憲法に対して背筋を伸ばさざるを得ない。
憲法97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」
これを自民党憲法改正案では全文削除している。何が気に入らないのか、私にはまったくわからない。

ベアテ・シロタの後ろには、日本・米国での男女差別がある。世界の人権蹂躙がある。第二次大戦の惨禍がある。