「額田女王」を読んで

井上靖額田女王」を読みました。白内障と加齢で文章を読むスピードがかなり落ちたと感じました。1年前でしたら多分一日・二日で読んでたものが四日かかりました。自由に好きなだけ本を読むと言うことが出来なくなりつつあります。困ったものです。加齢として納得するしかありません。私は、まだいい方です。目が大丈夫でも、忙しく働いている人は、本をなかなか読めないのですから。

閑話休題。備忘のため、読んだ感想を述べておきます。
(1)題名は「額田女王」であるが、額田をめぐる愛の物語ばかりでなく大化の改新から壬申の乱までの歴史をも扱っていると思った。
(2)この本の描く外交は、百済救援の闘い=白村江の戦い(唐・新羅vs百済・日本)が中心である。中大兄皇子大海人皇子中臣鎌足ら政治中枢は、命がけで対応している。彼らに比べて現代の政治家は不真面目なんじゃないかと思った。また、いつの時代も、朝鮮の動向・中国の動向は、日本の政治を決める極めて大きな要素であるなあと思った。現代では、中韓とはもっと関係が深い。大きな視野で、両国との関係を考える必要を感じた。日米安保(日米同盟)の是非という根本から、真面目に考えるべきと思った。
(3)政権内部の争いを額田の目から見ると言う視点は、面白いなと思った。ただ、客観的記述の部分もある。しかし、そんなに違和感を感じなかったのは、作者の力量だろう。
(4)何故この時代あんなに遷都するのかが少しわかった気がする。また、中大兄皇子が何故皇太子のままで政治をしたか、何故天智天皇に即位したかも何となくわかった気がした。
(5)「熟田津に船乗りせんと月待てば潮もかないぬ今はこぎいでな」という歌は、高校の古典で習ったけれど、その素晴らしさはわからなかった。この小説を読んでなるほどいい歌だと思った。百済を助け、唐・新羅と対峙するその緊張感・高揚感の中での歌と分かって
いい歌と思った。背景をわからないと、歌もわからないことが多いのだろうな。
(6)この小説を読んでもわからなかったのは、かの有名な次の歌。これも高校で習ったもの。
あかねさす紫野行きしめ野行き野守は見ずや君が袖ふる 額田女王
紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも  大海人皇子
50年前の高校の授業では、額田女王大海人皇子の浮気という感じで、先生の解説を聞いていた。当時面白くもなんともなかった。
今でいえば元彼、もとかの?井上靖は、座興の戯れの中の実は真実の気持もひそませている歌ととらえている。二人とも、皆の衆のなかで、天智天皇を意識して歌っているとしている。そうなのかもしれないし、単なる戯れの歌なのかもしれない。この辺がよくわからない。わからないが面白い。面白いと思う程度には俺も大人になった。と、加齢の脳と目と足と・・を持つじじいは、いっておこう。
(7)当時の朝廷の血族結婚の禁忌のない男女関係は、現代の我々の想像を絶するものがある。私はこの血縁関係がうまく飲み込めない。だからよくわからない。かのフリーセックスに近いのじゃないか。そういえば平安の王朝時代だってそんな感じが残っていた。
お互いを独占しないということか?いや男女平等ではなく、権力者による一夫多妻制の中での、女性獲得競争みたいなものか。
わからないが、あまり興味もわかない。
(8)壬申の乱を女性の側から描いているのが、興味を引いた。戦いのさなか、近江朝廷の中心の大友皇子の妃たちと、その亡父である天智天皇の妃たちと、大友皇子の敵である大海人皇子の妃たちが一緒にいる。しかもお互い血縁関係が深くある。不思議な世界だ。彼女たちの気持ちを考えると気が狂いそうになる。うーん、感覚がちがうんだろうね。戦国時代で言えば、兄織田信長と夫浅井長政の戦さを体験したお市さんみたいな女性が、一緒にしかもいっぱいいると言う感じ。始末に負えない。うーん。
(9)井上靖は、これまで「天平の甍」「氷壁」「あすなろ物語」を読んだがいずれも面白かった。今回の「額田」も面白かった。
ただ、文庫本の、小さい字だらけがきつい。年はとりたくない。これが最強の感想だ。