今回の旅も色々失敗したぞ

学生たちの戦争法反対集会への参加だけを決めて、上京したこの旅行であったが、いつも通り、失敗の連続であった。行く前に、妻に「富山で迷ってる人が東京で迷わないはずない」と断言されて、痛いとこ突かれた。思い出した。そう、富山駅前で旅行地図を見ながら、旅館にたどりつけなくて電話で聞いてもわからず、うろうろしているうち、旅館の方に「○○さんですか」と路上で救出してもらった、あの苦い経験を。

「何とかなるべ」と出発したは良かったが、なんと今回は、いつもお世話になっている「上選東京の旅」と言う案内書を持ってくるのを忘れた。悪い予感がした。

さて、鍛冶橋と言うところのバスターミナルの位置をさんざん頭に叩き込んで、国会を下見にと思ったが、まだ一時半、早い。よしそれなら、かの有名なマッカーサーの執務室のある日本生命ビルへ行って見て来ようと思ったのが、そもそもの間違い。案内書のうろ覚えの記憶で歩きだしたのだから世話ーない。確か東京駅から皇居を見て右側のお濠端付近、柳が見えるところ当たりと見当をつけた。歩いていくと和田倉門?とか言う警察官派出所がある。しめた。

私「この付近にある日本生命ビル」はどこですか。
警官「二つあるのですが」
私「マッカーサーの執務室があるところです」
警官「知らないなあ」
私「GHQが戦後接収したところですよ」
警官「知らないなあ」
私「多分古い方ですよ」

という会話で、古い方を聞いて行く。すぐそばである。ところがどうも変だ。濠端から離れていく。疑問を抱いたまま目的のビルについて、警備員に聞くと「知らないなあ」「そんなのないなあ」とのこと。
仕方なく新しい方へいく。こちらは濠端だ、しかし外観が俺の印象と随分違う。ままよと入って見る。どうも二つくらいの会社が入っているようだ。ニ階へあがって見ると食堂がある。そうだ。俺はまだ昼飯を食っていない。何軒かある。タイ料理の店がある。スパイボーイさんが、タイの何とかというチャーハンみたいなやつ?を紹介してたが、どんな奴だっけ。思い出せない。しょうがないのでとなりの店へはいる。店の前の推薦の食事は何ですかと聞くと、豚のあげたやつらしい。それを頼む。広い店だが、客は俺一人だ。一応若い店員の女の子にもマッカーサーを聞く。当然、きょとん。
皇居の一部を見降ろしながら、「70年の歴史に、GHQ統治時代も埋もれたか」「警官も、警備員ももっと勉強したら」なんて考えていた。この豚肉の唐上げを食べながら、私は、皇居を歩いて反時計回りに一周して国会議事堂へ行こうと思いつくのである。そして「千鳥ヶ淵墓苑」に出あうのであるが、その話は別にする。

さて、家に帰って例の案内書をみると、なんとなんとマッカーサーの執務室は、第一生命ビルであった。

バスターミナルからその前を通って日生ビルに行ったろう。昨日は、その前を通って、鍛冶橋バスターミナルを見つけられなくて、その前をうろうろしたろう。雰囲気のいい建物だなあなんて思いながら。その後日比谷公園警官派出所まで行って、また第一生命ビルの前を戻ってきたろう。

何が、「警官ももっと勉強しろよ」だ。何が「歴史に埋もれる」だ。アホだな、俺は。

これが、今回の一番大きな失敗だ。