サヨナラ、浅見君

浅見光彦最後の事件」という副題のついた内田康夫「遺譜」を読んだ。

中年のころ随分読んだ、内田の浅見光彦シリーズの最後というからには、読まずばなるまい。勿論図書館で借りたものである。

見開きの扉に「この作品を浅見光彦を愛したヒロインたちに捧げる」とあって、初めから意味シンである。

読んだ感想を述べる。

(1)「やはりな」と思った。浅見の結婚相手が、やはり稲田佐和だと言うこと。
ブログを始めたころ、「浅見が一番愛した女性」ということで、佐和だろうと言うような事を書いた記憶がある。俺のカンも棄てたもんじゃないなと思った。

しかしまあ、浅見光彦は、女性に良く持てた男であった。濃淡こそあれ、魅力的な女性たち全てに好かれるのだから、夢のような話ではある。
名門の出、スタイル良し、頭よし、カンよし、顔も多分いいだろう。しかし何と言っても、人の心にポンと飛びこめる性格。その根源である優しさ。そして正義感、これが魅力だろうな。一方、飛行機がだめ、お化けがダメという弱点もある。一番の弱点が女性にウブということかな。こういう点も好かれるところだろう。金田一耕助赤かぶ検事も神津恭介もいいが、浅見光彦推理小説史上に燦然と輝く名探偵と言っていいだろう。

その探偵が、この話を最後に趣味である探偵をやめ、ルポライターに徹し、結婚することとなった。小説の話とはいえ、感慨を禁じえない。


(2)彼と関係の深い「旅と歴史」という雑誌と同様、この小説も、旅と歴史の話が多い。小説の舞台は、多摩、神戸、丹波篠山、オーストリア、ドイツである。歴史は、ドイツのナチス時代と現代、日本の戦前、戦争直後、現代である。豪華絢爛。これらを矛盾なくつなげるのだから、書く方も大変だろう。かなり長いが、話の進め方がうまいので飽きさせない。作者の言う「軽い文体」が、旅と歴史の軽い話にあっていて、肩が凝らない。興味深く読める。

(3)最後ということで、ヒロインも多く登場し、岡部警部も登場し、浅見家は、父方母方の祖父まで話が及ぶ。これまた豪華絢爛である。稲田佐和と結ばれるようなので、佐和のおじいさんにも登場してほしかったな。

それにしても、稲田佐和(20歳)と戦後70年前後の舞台設定、これは矛盾であるなあ。確か佐和は、登場した時から数えると、もう50才くらいでないと話が合わないのではないか。おっとっと。浅見自身がもう60過ぎの爺さんのはずだ。

(4)「この紋どころが目に入らぬか」「へへー」(兄=刑事局長の御威光に、えばっている警官が恐れ入る)、も一度読みたかったな。もう浅見の正体をしらない警官はいないので、もうこれは無理。内田が浅見の話を止める理由の一つか。


(5)ヒトラーの別荘べルヒテスガーデン、ヒトラーの生誕の地ブラウナウ、ナチス党大会の舞台ニュルンベルグの描写があり興味深かった。NHK特集「映像の世紀」を思い出した。

ニュルンベルグと言うと国際軍事裁判が行われたところとしか知らなかった。
なるほど、ナチスの牙城で、ナチスドイツを裁いたのか。内田氏が言う通り、この裁判は、ドイツ国民を裁いたのだろうな。ヒトラーの生家も残されており、その近くに「平和、自由、そして民主主義のために二度とファッシズムを繰り返してはならない。いく百万の死者が警告する」と刻んだ石碑があると言うことを知って何かを考えさせられた。

(6)推理小説の本筋は、大した興味を持てなかった。内田さん、シリーズご苦労さん。随分楽しませてもらいました。ありがと。浅見君、サヨナラ。かっこよかったよ。