最適と唯一は違うー「辺野古は唯一」の再考を

7月20日、日本政府は、辺野古新基地建設を推進するため、抵抗する沖縄県を訴訟に訴えた。また、高江で強硬手段に出た。参院戦勝利後、話し合いや様子見から、強行突破の道に戻ったと言える。この機会を狙ってたのか、朝日新聞では同日、オピニョン欄の耕論で3人の考えを掲載した。

それをまとめてみて、さらに自分の考えを述べたい。

まとめ
佐藤学=沖縄国際大教授(「選択肢いくらでも」)
(1)海兵隊の役割は、空軍・海軍が敵をたたいた後、陸軍とともに占領しにいくこと。故に北米から派遣しても戦闘には十分間に合う。私の持論は、日本のカネで米国に基地を作るべきということだ。
(2)今は、海兵隊の軍港(揚陸艦)は佐世保にあり、佐賀空港普天間基地を移設すれば海兵隊と近くなる
(3)下北半島や苫小牧東部なら飛行場と軍港をセットに出来る適地もある
(4)そもそも日米新ガイドラインでは、離島防衛は自衛隊の任務となっており、米軍の役割は「支援と補完」である。海兵隊オスプレイ尖閣に送るのは撃ち落とされに行くようなものだ。そんな無人島をめぐる対中戦争を米国世論が支持するはずがない。

マイケル・オハンロン氏=米ブルッキングス研究所(「海兵隊を分散 有事展開」)
(1)中国の脅威が増す一方、沖縄県民の辺野古新基反対の意思も強くなっている。基地反対運動が盛んになって嘉手納基地の存続まで危険にさらされてはまずい
(2)普天間飛行場は、主として海兵隊の訓練に使われており、嘉手納基地は、海・空軍が使い、東アジアを監視し、有事の際には現場に出動する
(3)普天間に新基地を作らず、普天間飛行場を閉鎖するには、以下のような計画変更をすべき
A.平時の沖縄駐留海兵隊員を3千人に減らし、1.5万〜2万の海兵隊員へ提供する武器や物資をのせた船舶を日本の港に集積しておき、有事の際には別の場所から海兵隊員が合流する
B.沖縄に残る3千の海兵隊員のため、キャンプシュワブに新へリポート建設。那覇空港に米軍・自衛隊共同使用の第二滑走路を建設。普天間飛行場は閉鎖するが有事のためには滑走路保持

森本敏=元防衛相、拓殖大総長(「辺野古が唯一の選択肢」)
(1)沖縄駐留米軍海兵隊は、緊急事態に迅速に対応する初動対応「陸上兵力」であり抑止機能をはたす。
(2)最短距離で相手の心臓部に兵力を送り、作戦目的を達成できる海兵隊は、現代戦に不可欠で、それはイラクアフガニスタンの初戦で実証済み。
(3)海兵隊は、沖縄にいなくとも抑止力はある。ただし即応体制が維持できると言う条件を満たせばである。即応態勢とは、訓練・後方支援・オスプレイの飛行場が近くにあることである。
(4)現代の軍事環境で海兵隊を投入しなければならない事態は、瞬時には起こらない。故に佐世保揚陸艦があっても良い。
(5)政府は8年かけて全国の基地への移転可能性を探った。その結果、辺野古最適と分かった。
(6)沖縄でも適地は、他に見当たらず、それゆえ「辺野古は、唯一の選択肢」である。

私の考え
甲.佐藤学氏・オハンロン氏は、辺野古に新基地を作らず、普天間基地をなくすという意見である。森本氏は、「辺野古が唯一の選択肢」であるという意見である。

初めに森本氏の意見を考える。結論から言うと、森本氏の意見は、矛盾だらけで、論外の理屈である。

(5)の「移転可能性を探った結果、辺野古が最適である」という考えについて。「最適」とは、軍事技術上だけか考えたことである。問題解決にまったくなっていない。問題の発端は、普天間基地の危険性の除去であり、その解決策としての辺野古新基地建設が考えられた。それはしかし、沖縄に対する差別の存続(0.6%の面積に74%の基地)と沖縄県民の意思の圧殺(各種選挙で辺野古基地反対の意思表明)になるということである。突き詰めれば、[[海兵隊の沖縄での存在の重さ(抑止力)と沖縄への差別・住民意思尊重の重さの]]比較なのである。森本氏が自ら認めるように、「海兵隊が沖縄に存在しなくとも抑止力はある」のであり、最適でなくとも、当然辺野古以外の場所を探すべきとなるはずである。最適と唯一はひどーく違う。この時点でもはや「辺野古が唯一」という理屈は成り立たない。

次に、これまた森本氏自ら認めるように、私も「海兵隊を投入しなければならない事態は、瞬時には起こらない」と思う。そうであれば、沖縄にいる必要はない事は、自明である。森本氏は、そんな矛盾に気づかないのであろうか。まあ、森本氏のことはいい。問題は、日本政府と日本国民である。日本政府は、知ってか知らずか「辺野古が唯一」と主張している。海兵隊が沖縄にいなくとも、抑止力があるのだから、辺野古が唯一というのが、政府の大嘘とわかる。日本国民は、沖縄を見て見ぬふりをせず、また思考停止せず、関心を持ってもっと考えていくべきだろう。

更に矛盾と思われる点。森本氏は、現代戦に「最短で(敵の)心臓部に兵力を送る」海兵隊が有用という。また海兵隊は、抑止力としての存在価値があるともいう。森本氏は、現代戦の例として、イラク・アフガン戦争をあげる。しかし、イラク・アフガン戦争は、他国政権を倒したと言う侵略戦争である。日本国の専守防衛には、海兵隊は不要である。また海兵隊が「最短で(敵の)心臓部に兵力を送る」というのは、敵にその備えをさせ、軍事力以外の抑止力を減殺する

乙.オハンロン氏の意見であるが、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならない証明がない。海兵隊を沖縄に置くことを前提に、沖縄県民の気持ちにそうため海兵隊削減・普天間基地閉鎖・嘉手納基地強化・日本国内港に集積船舶群という。米国のご都合からという臭みがあるが、森本氏の考えや日本国政府の考えよりは、はるかにいい。

丙.佐藤氏は、海兵隊が沖縄に存在しなくとも、抑止力はあるので北米にあっても良いと主張する。その理由は、海・空軍の戦いの後、海兵隊が行動する故、遠くにあっても良いと言うことだ。森本氏の「緊急時初動即応部隊」という海兵隊の性格と違う規定である。ウイキで見ると海兵隊は、陸兵であり、佐藤氏の考えの方がただしいと思う。海兵隊基地を、北米に日本のカネでと言うが何故日本のカネなのかが疑問である。つまりは海兵隊が日本にとって必要という証明がないと思うのである。さらに沖縄県外の日本国内という条件で探す実現性について触れていない。

丁.3氏とも日本防衛に海兵隊が必要という前提での議論である。私は、その必要論から考えなおす必要があると思っている。

私の考えのまとめ
問題の根本は、普天間基地の危険性の除去である。危険性の除去には、(1)辺野古海兵隊新基地を建設する、(2)県外・国外に海兵隊を移設、(3)普天間基地をなくすだけという3つがある。

(1)の「辺野古新基地」の根拠は、海兵隊の即応体制を作るのに最適という理屈しかない。森本氏の議論のところで考察した通り、即応態勢は、辺野古に新基地を作っても不十分であり、かつ森本氏自ら言う通り、即応態勢は、不必要なのである。一方、辺野古新基地は、沖縄住民の気持ちを蹂躙し、かつ沖縄差別の継続という民主主義と沖縄県民の人権侵害を犯している。不必要なもので、沖縄県民の民主主義と人権を侵してはなるまい

私の軽トラック(再掲

(2)県外に移設の場合、どこに移設するかという問題がある。当然抵抗もあるだろうが、しかし、これを政府はやるべきである。即応体制は、不必要なので、日本全国に募集をかけるべきである。あるいは国有地を移転候補に挙げ、移転の可能性を探るべきである。

(3)国外の場合、米国との交渉になるが、本気で交渉すればいい。国民もこれを本気で応援すべきである。安保条約を見直すという姿勢も見せて交渉すれば、米国も折れる可能性がある。とにかくやってみるべきである。佐藤学氏の「米国内に日本のカネで」も「辺野古唯一」よりは、はるかにはるかにいい。それも腹に収めて交渉すべきである。オハンロン氏の提言も、米国との交渉の眼目にして良い。

(4)「普天間基地をなくすだけ」というのもありえる選択だ。佐藤氏とオハンロン氏が言うように、侵略された場合、海自・陸自中心になって戦うのである。それを支援するのが、嘉手納の米海軍空軍である。米海兵隊は、森本氏の言う通り、「陸上兵力」で、相手の心臓部に最短で兵力を送ると言うものである。相手の心臓部に最短で兵力を送る必要が「専守防衛」の日本に必要だろうか。私は、不必要と思う。尖閣を取られて奪還する場合、戦うのは海自・空自である。それを支援するのが嘉手納の米海空軍である。佐藤氏の言う通り、海兵隊がいた方が、取り返し易いかどうかは、分からない。米海兵隊が、抑止力強化になるかも不明である。相手が心臓部に急襲される恐怖の備えて、軍備を強化するかもしれない。それは、緊張を増大する可能性もはらむ。それは、軍事力以外の抑止力を減殺する。尖閣奪還に役立つかどうかも不明、抑止力強化になるかどうかも不明、しかし、海兵隊辺野古新基地移転は、沖縄の民主主義と人権蹂躙は明確である。となれば、「普天間基地をなくすだけ」というのもありうる選択である。不明なことで明確なことを圧殺してはいけない

(5)いずれにしろ、「辺野古新基地が唯一」というのは、矛盾に満ちた大嘘かつ沖縄県民の人権圧殺である。自公政権には、是非再考してほしい。民進党は、反省・再考して再び「最低でも県外」の旗を挙げてほしい。日本国民も、も一度再考して見よう。そして沖縄問題に集中した「沖縄国会」を開催して欲しい。安倍さん、沖縄への差別解消は、「戦後レジームからの脱却」の一つですよ。