角田光代「平凡」短編集を読んだ。
帯には、「私の人生全然違ってたんじゃないかな」「・・・たら」「・・・れば」「あなたもきっと思い当たる。人生の『もし』を描く小説集」とある。
ほんとにそんな内容の短編小説集であった。
私も自分の人生の「たら」「れば」を空想した。
高校の時公務員試験に合格してたら、税務職員として一生を過ごしただろう。そうなれば、大学に行ってなかったので、考えも人生もずいぶん変わってたろうな。
大学4年生の時、あの先生でなかったら、留年してたろう。その結果職業が違ったかも。授業にほとんどでなくても単位をくれ、指導まったく受けなかったのに卒論認めてくれた先生。
20代前半と後半、女性に2度プロポーズした。そのどちらかが受け入れてくれたら、これまた別な人生だった。妻がプロポーズを拒否したら、また違う人生だ。第一、見合いの話がなかったらまた違ってた。妻との前に3回ほど見合いの話があったが、これを受けていたら別な人をえらんでいたかも。
他を殺そうと思ったことはないが、死ねばいいと思ったことも(多分)ないが、「自分が死ねればいいな」と思ったことは、たびたびある。
自分が起こした人身事故(全治2か月)であの老人が亡くなっていたら、人生変わってたろうな。
空想はおおむね甘美である。自分に都合の良い空想をするので甘美なのであろう。
知人の葬式に行ってきた。私より5歳も若い女性である。生涯労働運動に取り組み、晩年は、4年間がんと闘いながら原発事故を起こした国・東電とも戦った人である。息子さんのお礼の言葉に「母は権力を恐れず、正義を追求した・・・」とあったが、その通りの人だったろう。
無宗教の葬式であった。会場には多分彼女の好きな音楽が流ていた。弔辞によると、12月に4名の人に「弔辞お願いね。準備万端完了」とメールがあったのだそうだ。ご会葬御礼は、本人からのお礼の言葉であった。
孫の成長を見たかった 裁判を見届けたかった・・・ここまででした。
でも振り返ってもやはり同じように生きてきたのだろうと納得ができます
本当に今までありがとうございました
心から心からお礼を申し上げます
平成二十九年二月十四日
これがご会葬御礼の最後である。
お引き物は、チョコレート菓子である。「感謝」とある。今日は、バレンタインである。まことに、「お見事」というほかはない。
帰ってきたら、NHKBSで「ローマの休日」をやっていた。もう何べんも見た映画である。グレゴリーペック(?)がオードリを送っていく場面であった。最後まで見た。
この映画は、オードリーの美しさのみの映画ではないと思った。
米国の記者が、王女との実らぬ恋のために、友人のカメラマンが友情のため、仕事や金もうけや名誉を捨てるという話である。米国は、金もうけのみで偉大だったのではない。
おのれファーストで偉大だったのではない。フェアーだったのだ。
これもまたありえざる幻想であったか。