浅田次郎「帰郷」を読んで

昨日と今日で、浅田次郎「帰郷」を読みました。かの戦争関連の短編集です。ありそうでない、なさそうであることを書くのが小説と聞きましたが、この短編集もそんな感じを受ける小説たちです。出来は、まあまあというところかなあ。ただし、はっとするフレーズは、そこかしこにあります。以下に少し書き出します。

「なあ、庄ちゃ、聞き分けてくれねえか」−自分の妻と弟が結婚した出征兵士に、帰ってこないように説得する叔父の言葉(帰郷)

「戦が終わって自分が兵器でない何かを作るなら、大村兵長は家を建て、鈴木一等兵は壁を塗り、志茂兵長は女房と二人して自転車を組み立て、渡辺上等兵は旋盤を回していろいろなものをこしらえるのだろう。ならば自分だけが、この陣地を出て生きる理由はない」(鉄の沈黙)

「この人は、南溟の玉砕の島から生還したのだ。」(夜の遊園地)

「戦争は知らない。だが、ゆえなく死んでいった何百万もの兵隊と自分たちの間には、確かな血脈があった」(不寝番)

「あなたにお願いがある」それは軍人ではない、忘れかけていた教員の声だった。「僕を、あなたの腹に収めて、国に連れ帰って下さい」(金鵄のもとに)

「娘の希みならこの人は何一つ反対などしないのだろう。その真心に応ずる答えを、幸田は思いつかなかった」(無言歌)

筋の説明もなしにごく一部を取り出しても意味は分からないでしょう。面倒なので、説明はしません。私だけの備忘のためと思って、ご容赦下さい。何せ脳の萎縮が始まってまして、認知症になる可能性が高いのです。

この短編小説に通底するのは、兵隊たちの人間的誠意じゃないかと思います。そんな彼らが餓死・無意味な玉砕・人肉食をしたのです。いやさせられたのです。戦争犯罪をおかす一方で、多くの日本人兵隊は、誠意をもって行動したのだとも思います。・・・戦争指導者ども、政治家ども、上に立つ者ども、人の誠意をもてあそぶな。

この単行本の表紙の写真には心打たれました。帰還してきた兵士の敬礼する姿の写真です。私は、あの妹だか弟を背負って口をキュッと結んで前を凝視する少年の姿の写真を思い出しました。「焼き場に立つ少年」です。近頃全く投稿のない生き生き箕輪通信さんのブログで知った、強烈な写真です。

この「帰郷」の表紙の写真も実に強烈です。誰に敬礼しているのか?この本の扉を開くとその相手がわかります。それを見て、もっとすごい衝撃を私は受けました。多分奥様とお子様なんじゃないかな?と私は思いました。こちらも頭を下げています。撮影は誰でしょうか。米国国立公文書館とあります。米国人が撮影したものでしょうか。そういえば、「焼き場に立つ少年」も外国人の撮影でした。

「帰郷」の小説は、すごくお勧めとは言いませんが、この写真は、ぜひおすすめしたいと思いました。