与謝野晶子訳「源氏物語」感想/備忘録(2)

花の宴 
短い。義母藤壺若紫を愛しながら、正夫人の家=左大臣の家の競争相手、右大臣の娘にも手を出す。危険よりも恋優先の男。かっこいい、と思うかどうか。若さはあるのだろうな。


高校の古典で習った有名な「生霊」の話。源氏の愛人六条の御息所は、見物場所争いで、葵夫人に侮辱される。それがきっかけとなり、御息所の生霊は、出産まじかのに憑りつき苦しめる。葵は源氏の子を無事産むが、死んでしまう。作者は、生霊を御息所側からと葵を見る源氏側から描写する。
生霊がほんとにありそうな生々しい描写である。紫式部与謝野晶子のすごさであろう。ふと、男の生霊というのはあるんだろうかと疑問に思った。このどちらも、高い身分・教養・優雅さを持つ女性である。どちらもツンとした感じを受ける。しかし私は、御息所も憎めない。その愛憎の激しさとその不幸を思うからだ。もひとつ生々く感じたのは、源氏と若紫の初夜である。勿論ストーレートに描くわけはない。男と女の関係を知らなかった若紫をかわいそうに思った。


この巻の雰囲気は、秋である。季節も秋。場所は野の宮。六条の御息所と光源氏の別れである。御息所は、自分が葵に憑りついた生霊になったことを源氏が知っていることを薄々知っている。愛されないと知っている。それで、娘が伊勢に行くのに随行して行くことを決心する。それを知って、源氏は会いに行く。源氏はマメな男であるなあこの別れの場面はいい。源氏と御息所の心の動きが面白い。別れていく人が、も一人いる。源氏最愛の人、藤壺である。彼女はやはり、源氏との密通の罪の意識と今も激しい恋情を寄せる源氏から逃れるためである。源氏には、大きな痛手である。そんな中、右大臣の娘と交情を重ねる。ところがそれがばれて、政治的地位が危うくなる。ばれる場面の源氏は見苦しい。恰好が悪い。作者紫式部は、容赦ない人間と見える。いや、スーパーマン源氏を人間にしたかったか?

花散る里
源氏の愛の一断面を示す。「好意を持ち合って長く捨てない。こんな間柄を肯定できない人は去っていく。それも仕方ない」(訳文まま)

須磨 
位と官職を奪われた源氏は、難を逃れて須磨に隠棲する。若紫夫人・出家した藤壺(初恋の人)・東宮(不義密通の息子)若宮(死んだ葵との間の息子)・六条の御息所・政敵側の内侍(愛人)その他の愛人、と別れを惜しむなどと、まあほんとに面倒見がいい男である。須磨に移っても同様である。それぞれの別れの場面はいいなあ。この巻では、珍しく政治的・経済的なことも少し描いている。源氏のかつての強い政治力を示す描写がある。財政力のことも垣間見える。「私領の荘園、牧場、そのほか所有権のあるものの証券は、皆夫人(若紫)のもとへ預けていくのであった。・・・・」(訳文)この巻にきて、源氏は、都人にも私にも、魅力を増したようである

明石 
この巻には、源氏の配流地の変化(須磨から明石)、亡先帝(源氏の父)のおかげか、配流から中央政界(しかも中心的地位)に復帰したという源氏の人生の激変がある。しかし、作者の目は、源氏と彼をめぐる、明石の君、その父母、紫の上の心の動きを追う。明石の君と源氏の心の動きは、繊細に描かれ、私にとっては難解である。しかし、源氏という男の本質はなんであるかが、少し垣間見えた気がする。接するほとんどすべての人を愛する人なんじゃないか。それゆえ「自分は今も昔も恋愛のために絶えない苦を負わされる、思い死にもしなければならないようにと源氏は思い悶えていた」(訳文ママ)。バーカ。バーカ、勝手にしろ。思い悶えて死んでしまえ