こんなだったら、死ぬこともいいな・浅田次郎「おもかげ」

(1)死とはどんなものでしょう。死は、その経験を他の人に教えてもらうことができません。先哲の意見もほんとかどうかわかりません。誰にでも必ずやってくるものなのに、誰も知りません。苦しいものでしょうか。眠るようなものでしょうか。地獄に落ちたり極楽に往生するものなのでしょうか。永遠の命を得るのでしょうか。無になるのでしょうか。何かに生まれ変わるのでしょうか。


臨死者は自分で反応はできなくとも、最後まで耳は聞こえると言います。、私も母を看取る中で、そんな気もしました。とすれば、死に際して夢をみるのでしょうか。自分の一生を走馬灯のように、しかも瞬時に見るのかもしれません。



エリートサラリーマンが、65歳で定年退職した次の日、地下鉄内で脳梗塞で倒れました。花束を抱えてました。送別会の帰りだったのです。彼は、集中治療室に入れられ危篤状態です。彼は反応はできませんが、耳は聞こえます。そして夢を見ます。・・・ここからあの甘美な浅田次郎ワールドが展開します。(浅田次郎おもかげ」)


彼の子供のころからの夢は、「大学を出てサラリーマンになって結婚して家を建てて子供を育てたい」ということでした。ごくありふれた普通の夢なんですが、彼にとっては困難な夢でした。というのは、彼は捨て子でして、孤児院育ちだからです。高校生の時は、新聞販売店に住み込みで働きます。国立大を卒業し、一流商社に入り、出世して家庭を持ち、子供二人を得ました。つまり夢を実現させたのです。息つく暇のない努力の人生だったのです。その努力が報われた時に、死に直面したのです。


死に直面した彼にも強い心残りがありました。自分を捨てた親のことと、4歳で亡くした長男のことです。
小説の中で、その心残りを二つとも、浅田は解消してくれました。彼の親は、彼を愛するが故に捨てたのでした。母子が二人とも生きるために捨てたのでした。死んだ長男は、彼に「100歳まで生きてよ」と言ってくれたのでした。>それは小説の世界でも事実かどうかはわかりません。それでも浅田は、そんな夢を主人公に見させてくれました。


誰しも人生に何らかの失敗はあるでしょう。心残り、悔恨はきっとあるでしょう。
もし、臨終の夢で、それを解消してあるいは納得して死ねたら、死もいいものだと思いました。
一生懸命生きた人には、ご褒美として幸せな臨終の夢が来る、と信じたいですね
(2)私たちは、戦後日本をもっと誇りに思っていいのじゃないか
小説「おもかげ」を読んでこんなことも思いました。

と言いますのは、この本では、戦争中や戦後の過酷な体験が多く描かれているからです。私もそれらを容易に想像できます。私は1950年生まれ(小説の主人公は1951年生まれ=作者浅田次郎も同じ)です。物心ついた10歳前後=高度成長前半の貧しさをよく知っているからです。私の場合、主食は麦3米7でした。小学校の弁当は、のり弁や納豆弁当でした。さんま半身だけがおかずという弁当も多かったです。大学時代を過ごした高度成長末期の寮のご飯も麦飯でした。朝飯のおかずは、納豆とみそ汁だけなんてのが普通でした。月に一回のとんかつと月数回のカレーライスは、大ごちそうでした。8畳に二人でした。私は同時代の中で貧乏な方だったでしょう。しかし、多くの日本国民も、同じように質素な生活だったと思います。そんな中から日本国民は、戦後の繁栄を築いてきたのです。


平均寿命の長さ、国民生活の安全・利便性の高さ、40年以上の長きにわたるGDP世界2位、武力行使・武力威嚇をしなかったなどは、戦後日本が誇っていいものだと思います。


しかしそれは、天から降ってきたものではありません。戦後の国民の長い間の努力の成果だと思います。


小説「おもかげ」の母主人公の母親は、敗戦後の困窮から主人公を捨てます。敗戦後の困窮は、大なり小なり、日本国民のほとんどの姿でもあったでしょう。主人公は、高度成長から安定成長そしてバブル崩壊後の失われた20年、息をつめて必死の努力をしてきました。それは程度の差こそあれ、多くの日本国民の姿だったと思います。そんな努力の全体が戦後日本の繁栄を作ったのだと思います。


おもかげ」に出てくる人々は、控えめで、他を思いやる、しかも誠実に働いたり生活したりする人々でした。それもまた多くの日本の人々の姿だったと思います。今だって大方は、そうでしょう。多くの国民がそうでなけりゃ、世界最高の平均寿命やGDP2位、トップ水準の生活の安全なんて達成・維持できないでしょう。


確かに朝鮮半島やアジアとの戦後処理は不十分だったと思います。米国従属もまた確かでしょう。沖縄の犠牲の上の安全保障も、解決できてない重要課題です。格差拡大・階層固定化、公債激増、少子化、子供の貧困、人権意識の低さ等様々な課題が思い浮かびます。しかしこれらを以て戦後日本を否定するのは大きな間違いと思います。



久しぶりに、私が大好きな浅田次郎の世界を堪能しました。