特攻の目的は死ぬことだ/「永遠のゼロ」を再読して

頸椎の変形、その後の足のケガで、散歩・畑仕事・長い時間の運転・家事の一部ができなくなり、読書が多くなりました。

余った時間で、拙ブログ「近頃の生活」で紹介した、鴻上尚史「不死身の特攻兵」の感想を書き始めました。この本の単なる感想を書くつもりでしたが、特攻は、大きな問題を含んでいて、以下のように長文になりました。寄り道も多くなりました。

 

お暇でしたらお付き合いください。

 

「不死身の特攻兵」は、佐々木友次という元特攻隊員について書かれた講談社現代新書です。彼は、9回出撃して9回生還した(驚きです)特攻隊員です。(もっと早く読めばよかった。特攻隊員であった義父とこんな特攻隊員もいた、なんて話をしたかったのですが、義父は5月に亡くなりました)

 

著者鴻上尚史は、特攻隊についての文献と佐々木へのインタビューで、特攻隊の真実を追求してゆきます。

 

特に第2章「戦争のリアル」は、特攻隊の真実が、それこそリアルに出ています。第4章では、特攻という事象を、特攻を命令する側とされる側に分けて、本質に迫っています。印象に残ったことと、自分の感想をメモしておきます。

 

特攻戦術は有効かについて、鴻上は、以下のような話を紹介します。

佐々木友次が属する陸軍の第一回特攻隊(万朶隊,ばんだたい)の岩本隊長は、特攻戦術を肯定していなかった。かれは、爆弾投下を不可能にしていた機体を、整備員に再改造させ、爆弾投下できるようにし、通常攻撃を隊員に認めていた。完全に軍紀違反をしていた。

岩本が言うには、「敵艦艇を沈めるためには、甲板を貫く必要があり、それは爆発力だけでなく落下速度が必要で、機体を爆弾としたのでは、落下速度が出ないから甲板を貫けない。なぜ速度が出ないか、なぜなら飛行機は浮くための存だから」

 

→なるほど納得です。落下速度から言うと特攻の体当たり戦術は、不合理です。

→一方、wikiには、岩本隊長の認識は誤解で、特攻機の体当たりは有効であるという説が出ています。その根拠は、特攻の初めのころの高い実績、「高高度からの爆弾は、落下速度は速くなっても命中の確率は低い」(→つまり、特攻機の操縦の方がぶつけやすい)、航空機の持つガソリン燃料が起こす火災の被害が大きい、というものです。

 

→どちらでしょうか。簡単には言えないと思います。ただこうは言えると思います。

特攻が主な戦術や唯一の戦術(戦争末期には「全軍特攻」ということになりました)になった頃には、米軍の対策が進み(VT信管・レーダーの導入、対空砲火の充実、防御戦闘機の充実、艦隊の対特攻配置)、特攻が殆ど成功しなくなったのは、事実です。特攻は、ほぼ無力となりました。

 

正攻法ができなくなり、特攻作戦が登場しました。その特攻が有効でなくなっても、日本は、戦い続けました。兵を無駄死にさせ続けたわけです。それがなぜかは、とても大切で、よく考える必要があります。

 

もっと本質的な問題があります。著者鴻上はこの著書の中で、「特攻戦術がもし有効であってもそれはやってはいけないことだ」と言ってます。私も鴻上に賛成です。

 

兵士は、戦場では常に命の危険にさらされます。それは常に自覚しています。しかし一方では、兵士は、「戦っても俺は死なない」「うまくして生き延びる」と常に思っています。それは、生命の本能です。その本能を断ち切れ、自殺せよというのですから、特攻は残酷な作戦です。

 

桜花」という特攻兵器があります。自分で飛ぶことができず、一式陸攻という爆撃機につるされて攻撃目標に接近します。そこで母機から切り離されます。滑空し、補助的なロケット推進で速度を付け、敵艦に体当たりします。着陸装置はありません。切り離された時、もはや100%生き延びることはできません。

 

切り離される時の気持ちを想像すると恐ろしくなります。

 

どうしてそんなことが他人に命令できるのでしょう。よほど想像力にかける人の仕業です。正気とは思えません。他人に自殺を命じることです。正気とは思えません。(現実には、一式陸攻自身が殆ど撃墜され、「桜花」の戦果はありません)

 

〇鴻上は、こんなことも紹介します。

有名な海軍第一回特攻「神風特攻隊」敷島隊の関行男隊長や隊員も、特攻を疑問視していた。関の「僕なら突っ込まなくとも、爆弾を命中させることができる」という言葉がそれを示している。

→佐々木友次の上司岩本隊長も、「特攻は一回、通常攻撃は死なない限り何回でも攻撃できる」と言っていました。(佐々木友次は、隊長のこの言葉を胸に、何度も出撃していきます。臆病者、海軍の恥、死ね、と言われながら、生還してきます。)

 →理屈は通ってます。なぜこの理屈が通らないのでしょうか。

 

柳田邦男「ゼロ戦燃ゆ」・渾身編では、次のように言ってます。

海軍内部では、昭和18年の中頃から、特攻戦術の声が沸き起こり、最初慎重であった海軍中央部も、(此処から引用)「・・・その後マーシャル諸島を失い、重要拠点のトラックが空襲により壊滅的打撃を受けるに及んで、起死回生の一打を敵に与えるには、作戦の根本的転換が必要であろうということになってきた」「昭和19年2月には、・・・のちに回天と呼ばれる人間魚雷の試作を極秘のうちに依頼したのである」(P48)と言っています。

 

つまりは、海軍は結構早くから特攻作戦を考えており、その理由は、追い込まれていてまともに戦っては負けるという状況だったからと、まずは言えるでしょう。そればかりではもちろんありません。

 

〇鴻上は同書で「軍部による特攻の戦果発表は嘘だらけ」と言っています。

→開戦から約半年後の「ミッドウエー海戦」の大惨敗を隠した軍部・政権ですから、嘘は当然でしょう。嘘は、現実を見ないことです。嘘つきの常態化は、己の目も狂わせ、大失敗します。希望的観測で物事を判断します。それは、戦争中の政府・軍部の作戦指導の到る所に出てきます。

 

→それは戦後の日本にもあることだと思います。

原発村の作った「原発は安全」という神話が、国民に嘘を流布したばかりでなく、己の目を狂わせ、大惨事を招きました。現実を見ないことが大惨事を招きました。

 

私は、「バブル崩壊後の30余年の日本は、国家・自治体の借金でやっとこさ生き延びているのが現実」と思っています。指導層も国民も、この現実を直視していなくて、やがて大惨事を生むのではないかと心配しています。

 

〇鴻上は次のような驚くべきことを報告しています。

生還した特攻兵に対して、命令する側は、次は必ず死ぬことを要求した。それどころか、佐々木など生き残った特攻兵に対して殺害命令が出ていたこと

→殺害命令とはびっくりです。

wikiには、殺害命令は出ていないという証言がありまする。どちらが正しいかはわかりません。しかし、「戦果よりも、むしろ死ぬことを要求されていた」のは、間違いありません。それは、この本のいたるところに出ています。

 

〇鴻上は言います

特攻兵の「お国のために身を犠牲にして喜んで参加」というの話は、戦中のみならず戦後にも再生産された嘘。戦後の特攻美談の再生産は、命令した側の己の責任逃れのため。戦中の嘘は、国民がこの特攻美談を熱狂的にもとめたから

 

→国民の熱狂が戦争を招来したというのは事実と思います。特攻の美談に酔うというのも、間違いなくありました。

→命令した側の生き残りは、特攻隊員が自主的に特攻に参加となれば、自分の責任が免除されます。「俺の責任ではない。特攻隊員の自己責任?」というわけでしょう。

→コロナ禍に対して、「三密を避けよう」「マスク・手洗い」「自粛要請」「夜の街に出入りしないように」「あたらしい生活様式」なんて、行政が言うのは、どうも、(それは正しいことで、私もやろうとは思います)行政が己の責任を国民に転嫁しているようにも感じます。

 

 

〇鴻上は言います。

特攻は、戦争継続のため、「アメリカに有効ではなくとも、日本国民と日本軍人に有効」、それは戦意維持のため効果的なこと。

→なるほど、その通りでしょう。筆者の慧眼が光ります。この本の中で一番納得したところです。

→だからこそ、「特攻の目的は死ぬこと」なのです。戦果は二の次なのです.。別に言えば「死ぬことが戦果」なのです。

だから、関行男の「僕なら爆弾を当てて見せる」も、岩本の「特攻は一回でおしまい、通常攻撃は何回でもやれる」も、否定されます。

戦果を期待しえない「桜花」も、練習機による特攻(馬鹿げたことだ)も、航空機の援護のない「大和」の海上特攻も、あり得るのです。死ぬことが戦果なのですから。

 

〇鴻上は特攻作戦は精神論の上に成り立つものと言います。

鴻上は、自分の劇団の長としての体験から「精神だけをかたるのは簡単。けれど自分たちを分析し、相手を分析し、必要なことだけを見つけ出すのがリーダーの仕事」といいます。

→その通りと思います。

→コロナ禍で、対策に各人の自粛を要請するリーダーは、特攻同様、精神論と本質は同じじゃないのかと思いました。

 

〇鴻上は、「特攻作戦の成り立つ根本に、日本人の「集団我」(社会心理学者・南博の言葉)がある」と言います。

→これまた本質を突くものと感じられますが、私には十分に理解できませんでした。

 

〇鴻上は、特攻の本質について、甲子園の高校野球にも触れつつ、命令する側される側を一緒くたに考えるのは間違いと、指摘する

→まったくその通りと思います。

 

「永遠のゼロ」を再読して

百田尚樹「永遠の0」は、航空機による特攻兵を扱った小説でした。それは、映画にもなりました。

 

私も、小説を読み、映画も見ました。映画の方はそれほどでもありませんが、小説には感動しました。当時、小説も映画もヒットしたと思います。

 

百田尚樹をよくは知りませんが、彼は、歴史修正主義的考えを持ち、国家に奉仕することが個人の生きる道と考えているようです。

 

私は、戦後民主主義を信奉し、現憲法の示すところを実現するのが日本国民の幸せにつながると考えています。現憲法の本質は個人主義と考えています。社会や国家は個人の幸せのため、人間が作ったものと考えるからです。

この点では多分百田氏と正反対と思います。

その私がどうして「永遠のゼロ」に感動したんでしょうか。国家に奉仕する特攻を美しいと思ったのでしょうか。特攻を美談と考えたのでしょうか。

 

それを確認するために、「永遠のゼロ」を再読しました。

 

今回も感動しました。何に感動したのでしょう。私は、次の二つでした。これは前回も今回も同じでした。

 

一つは、特攻が無残な失敗ばかりの中で、技量抜群の主人公が特攻を成功させたこと

もひとつは、家族のため命を惜しんだ主人公が、自分の命を助けてくれた部下に、生きることを譲ったこと。その部下が、主人公の残された家族を愛したことです。

 

 

前者は、判官びいきで、それは私の感動の一パターンです。弱いものが強いものに一矢報いるというのは、私は好きです。・・・それはそうなんですが、「永遠のゼロ」の場合、ちと違うようです。

 

「きけわだつみの声」「戦没農民の兵士の手紙」等で、特攻や戦争で命を失った若者たちの人間的誠実さを知り、

彼らの真実の声が訴える、深い苦悩や絶望を知り、

しかもその死が、国家・戦争指導部の、まったくいい加減な政策・戦略・戦術で犬死となっていったことを知り、

 

せめて、小説という虚構の中だけでも、せめて一機だけでも、特攻を成功させることに感動したのです。俺は、嘘でも、特攻を成功させてほしい。・・・そうでなきゃ、特攻兵は、あまりにかわいそうすぎます。

 

命令した側(国家・軍部)の安易さ・ダメさ・無能さ・無責任さと命令された側の誠実さと苦悩の隔たりは、恐ろしいほど大きい。命令した側とされた側は峻別して考えないといけないと思うのです。

 

だから、私は、靖国神社(命令した側と命令を受けた側を区別せず祀る)を否定します。(小泉純一郎は、仏になれば平等と言ったが、それは違う。靖国神社や小泉が平等ということは、今を生きている日本国民へ「指導者も部下も責任は平等」ということを示したことである。そんなはずはない。ごまかしである。この世でやったことがすべてご破算なら、遺産相続なんて認めるな。

そこに参拝する政治家どもを否定します。特攻美談を否定します。政治家とは、命令する側なんです。国民に命令する側なんです。騙されてはいけません。皆さま、オレオレ詐欺ばかりがだますわけではありません。

 

脱線してしまいました。

 

後者(感動したもひとつの点)は、愛の連鎖・響き合いに感動したのです。

「超絶操縦技術を持つ主人公の家族への愛」、「主人公の、自分を助けてくれた部下への愛」、「主人公に命を譲られた部下の、主人公の妻への愛」です。おまけに「主人公に操縦技術で敗れたやくざの、主人公の妻への愛」、さらにおまけ「主人公の孫娘の、出世より真実の愛に生きる選択」。

 

これらは、少し安っぽいけど、♪「義理と人情のこの世界」♪(村田英雄の「人生劇場」)風ではあるけれど、私が感動したのも事実です。(百田尚樹氏の本質は、これなんじゃないかなと思った次第です

 

 

この二つとも、国家に命をささげることとは、関係ありません。

 

さて「永遠のゼロ」を再読して、戦争の経緯とか戦闘の経緯とか、ゼロ戦の長所・短所とを忠実に描いていると思いました。また特攻の成立過程や実態も割と史実に忠実に描いていると思いました。

 

一方で、百田氏らしい部分が散見しています。戦後と民主主義への嫌悪です。

 

例をあげましょう。登場人物(元特攻兵)の一人の口を通してこんなことを言います。(この言い方は、登場人物のセリフということからはみ出し、百田氏自身の考えが出ている感じを受けます)

「(関行男の母は)最期は小学校の用務員にやとわれて、昭和28年に用務員室で一人寂しくなくなったという。「せめて行男の墓を」というのが最後の言葉だったという。戦後の民主主義は、祖国のために散華した特攻隊員を戦犯扱いして、墓を建てさせることさえ許さなかったのだ」(p344)

 

wiki「関行男」の項で見ますと、彼女(関の母)がなくなる時の状況が詳しく証言されています。「せめて・・・」というのは事実ではありません。第一、墓はもともとあった、ということが分かります。戦後の民主主義を否定したいがための百田氏のさりげないです

 

特攻に関する多くの史実の中に、嘘をさりげなく入れれば、読む人は、それをほんとのことと思ます。この場合、読む人は、下線部分をほんとのことと思い、「戦後の民主主義」を否定することになります。嘘で行う、彼の国家主義的思想の宣伝でしょう。あるいは、百田氏自身がそう思い込んでいるのかもしれません。

 

さて下線部「戦後の民主主義は、祖国のために散華した特攻隊員を戦犯扱いして」というのは、正しい認識でしょうか。

 

先ほどのwiki「関行男」の項目では、関が戦犯扱いされた事実はなく、その母親サカエは、むしろ大切にされた、「軍神の母」として尊敬されたというのが事実です。

 

百田氏の嘘か誤解です。百田氏も著作に当たり調べたでしょうから、戦後あるいは民主主義を否定したいためにをついた、と想像します。勿論百田氏と小説の中の登場人物は違うわけですが、読者には同じこととなります。

 

しかし、一方戦犯と言わぬまでも、戦争直後、兵士たちに冷たい視線が注がれたこともあったと想像します。

私がショックだった文章を紹介します。

「昭和21年、学校ではよく映画館に連れていかれ、アメリカが戦時中撮った戦闘の記録フィルムを見せられた。画面では、日本の特攻隊の飛行機が、次々と撃ち落とされている。そうすると私たち小学校2・3年の観ている中で拍手が起きるのだ。誰が拍手しているかとみると教師たちであった。・・・こういうことが平和教育だったのだ」

これは、保坂正康「あの戦争は何だったのか」(新潮新書、P6)の初めの部分です。

 

これは事実でしょう。特攻隊員たちが撃墜されるシーンに拍手をする教師。若い兵士や特攻隊員の心を少しは知っている私には、ショックでした。

 

「戦争は嫌だ」、という感情からでしょうが、この教師たちは、命令する側とされる側を一緒に見ているという間違いを冒しています。

 

話しがそれました。話を本筋に戻しましょう。

 

 

もう一つ例をあげます。これも登場人物(別な元特攻兵)の言葉を借りた百田氏の認識です。戦後日本を彼がどう考えているか、がよくわかります。

 

「日本は民主主義の国となり、平和な社会を持った。高度成長を迎え、人々は自由と豊かさを謳歌した。しかしその陰で大事なものを失った。戦後の民主主義と繁栄は、日本人から「道徳」を奪ったーと思う。今、町には、自分さえよければといいという人間たちがあふれている。60年前はそうではなかった」(P357~358)

 

この場合、60年前とは、戦前ということでしょう。私は、戦前も、自分さえよければという人間たちであふれていたと考えます。どちらの認識が正しいか。確実なことから考えてみましょう。

 

戦前の制度で見ていきましょう。戦前日本は、植民地を持ってました。植民地を持つとは、日本さえよければということです。中国人・朝鮮人蔑視は普通でした。戦前の人口の50%以上は農村人口でした。その農村は、地主・小作制度です。この制度は地主さえよければという制度です。労働者の人権は極めて弱かったのです。むしろ治安警察法治安維持法労働者を抑圧しました。それは経営側さえよければ、でした。売春制度が認められていました。男の性欲さえ認められれば良いということです。女性には参政権がありませんでした。男さえよければという制度です。教育勅語では、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、もって天壌無窮の皇運を扶翼すべし」とあります。個々人は、国家と天皇に仕えるのが、正しい生き方で、教育はそういう人間を育てよ、といってます。これは、個々人なんて価値がない。国家と天皇に価値がある。天皇さえよければ、国家さえよければということです。

 

 

まとめていえば、戦前の日本は、日本人さえよければ、地主さえよければ、経営側さえよければ、男さえよければ、天皇さえよければという国です。つまり相対的強者さえよければという国です。弱者なんて知らないよ、という国です。

 

繰り返しますと、戦前の日本は、自分さえよければという制度でできているといえます。百田氏の「60年前はそうではなかった」、というのは嘘です。嘘でなければ無知、または思考力のなさです。

 

 

引用した上の「永遠のゼロ」の二つの文章をあわせ考えますと、百田氏の考える「道徳」的な(=良い)人間は、特攻兵のように、命を捨てても国家に奉仕する人間のようです。

 

その国家というのは、相対的強者さえよければという国家です。そんな国家を命も捨てて奉仕せよ、それが良い人間だと、百田氏は言っていることになります。

 

それはつまり、相対的強者の利益を弱者も含めて全員で守れということになります。

 

もっと言えば、国家のありようは、すでに与えられていて、それがどのような国家であろうと、個人は国家に奉仕すべき、ということを百田氏は、言っていることになります。

「国家のありようはすでに与えられていて」という考えは、自民党の基本的考え方です。それは、野党時代につくった「日本国憲法改正草案」に、ほの見えています。例をあげましょう。

日本国憲法前文の冒頭第一センテンスの変更です。

憲法「日本国民は、・・・・・この憲法を確定する」

自民党改正草案「日本国は、・・・・統治される」

憲法では、国家のありようは、日本国民が決めた、ということです。故に国民の意思で変更できる、ということです。主権在民が明確です。

改正草案は、出来上がった国家が存在し、ありようは決まっている、というイメージです。国民の意思以前に、ある何かの特徴を持つ日本国が存在する、ということです。

詳しくは、拙過去ブログ「日本国民は」と「日本国は」の違いについて」をご覧下さい。

「日本国民は」と「日本国は」の違い - A0153’s diary

 

さて、現在の社会は、どうでしょう。自分さえよければという人間がいっぱいでしょうか。

「自己責任」が良く言われます。相対的強者が「自己責任」を言うのは、相対的強者の、「自分さえよければ」であると思います。

 

しかしまあ、これは、特攻や「永遠のゼロ」を離れて、本格的に考えねばならぬものと思います。

 

ただ、これだけは言っておきます。

百田氏の、大のお友達の安倍首相は、自分さえよければ、自分たちさえよければ、そのものでした。 その意味では、自分さえよければ がはびこっていると思います(笑)。百田氏は、安倍首相を批判し、お友達をやめるべきでしょう。

 

随分と寄り道した、長文となってしまいました。ここまで読んでくれた人に感謝します。

 

早く足が治って、散歩・畑仕事・家事に復帰せねばと(特に畑仕事)少々焦り気味です。野菜には、播種適期があります。