NHK・Eテレ特集「昭和天皇・ 秘密の終戦工作」で思ったこと。

(以下は、私の備忘の為のもので、まとまりがないと思います。番組内容もまとめてません。ですので、読まない方がいいと思います)

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NHK+で見た「秘密の終戦工作」では、いろいろ考えさせられた。

 

内容は、1945年6月22日に、政府・軍でほぼ終戦という方針が出てたのに、なぜ8月15日まで戦争は継続されたのかということが中心であるようだ。

 

⓵「ようだ」、というのは、私の低い能力・知識ということもあるが、一国の戦争終結という巨大な出来事であるので、私が理解しきれないいのは当然ともいえそうだ。

 *ロシアのウクライナ侵略をどう終結させるか、ガザへのイスラエル侵略をどう終結させるか、これが難しいのと同じだ。戦争は始めるのは簡単、終わらせる方が難しいという、なるほどと思う。下手に始めるべきでない。だからこそ「台湾有事は日本有事」なんて簡単に言うべきでない。

 

②木戸孝一内大臣へ戦争終結を働きかけたのが、東大法学部長南原繁と同大教授高木八尺というのは知らなかった。

彼等の「天皇詔勅で戦争を終結させると同時に、天皇の退位」と言う方法は、なるほどと思った。

彼等は、学問的立場からそう考え、木戸に進言したのだった。ここから私は、学問の政治からの独立が大切と再認識した。政治の主流と違う意見はとても大事。そちらの方が正解かもしれないのだから。

 

*それにつけても、菅内閣日本学術会議への口出し(気に食わない学者を会議員から外す)は、極めてまずいと思った。自民を政権から追い出すべきである。

 

また、終戦の聖断天皇による決定)に、高木→南原→木戸→天皇というルートで、米国の天皇制維持」の意向を知ったことが影響していたのは、なるほどと思った。

高木は、米国のグルーという外交の実力者と親しく、米国の意向(の一部)を知っていたのである。

(国体を心配して終戦に反対する阿南陸相に対して、天皇「阿南、心配するな」といったのは、上のルートのの存在を暗示させる)

 

今後の日本を考えると、日本は、米国とは別に独自に、政治家や学者や実業家・民間人を通じて中国との親しいルートを何本も持つべきであると痛切に思った。

 

日中戦争時から常時輔弼していた木戸孝一内大臣が、東京裁判で戦犯として「終身刑」を受けた。と言う事は、その上官である天皇は、戦犯指定されれば、当然死刑になるはずであったと思う。指定されなかったのが良かったか悪かったか、分からない。しかし、どちらにしても、南原繁や木戸孝一の「終戦と退位のセット」(ソフトランディング)というのは、賢いと思う。

 

天皇自身が、退位の意志があったとは聞いていたが、それが番組で明確に示された。

獄中から木戸は、天皇に、「独立が決まった時退位」を進言するが、天皇はできなかった。独立の式典での天皇の挨拶は、本心(退位)と違う、苦渋に満ちたものと感じた。可哀そうと思った。まあ、番組の姿勢の反映かもね。

 

⓹番組では次のように言っていた。「ポツダム会談で、初め天皇制を残すという考えのトルーマン米大統領は、原爆実験の成功で、ソ連・日本に対して強気に転じた。日本に対しては無条件降伏に。トルーマンの意向で、ポツダム宣言ソ連は署名しなかった。それを見て日本は、ソ連の仲介にまだ期待を持って降伏を遅らせた。ソ連スターリンは、原爆の成功を知り、予定より2日早く日本への参戦命令を出した。この二つで日本国民の惨害は劇的に増えた。

但し、7月26日のポツダム宣言発表の前日に、トルーマンは、原爆投下を命じている

「日本政府がポツダム宣言を無視した故、原爆を使った」というのは、トルーマンの嘘、言訳である」

→原爆は投下による惨禍のみならず、原爆の誕生そのものが惨禍を増幅させていたことにショックを受けた。

 

⑥1945年2月ヤルタ会談の秘密協定でソ連の対日参戦が決まっていたのに(もっと以前からソ連は参戦する意思があったと番組では言っていた)、そして、欧州の日本公使などからソ連参戦の意志という情報を得ていたのに、日本中枢はそれを無視し続けた。南原たちも、ソ連の仲介でなく、米国直接交渉を提言してた。

この日本の政府や軍の無能ぶり!どれほどに人が無駄に死んだことか!

 

山田朗教授は、「終戦工作はごく一部の動きであり、国民は一切知らなかった」と言う。

→そうだなあ、もともと終戦工作自身が、国民の犠牲が多くなるからという発想じゃない、国体がどうなるか心配という事だからなあ。そもそも政治指導層には、国民の生活・命なんて思慮の埒外だったんだろう。

 

南原繁は、戦後になってもなぜ秘密の終戦工作に固く口を閉ざしていたか(直弟子=戦後民主主義の旗手には洩らしていた、名前が出てこない)に疑問を持った。番組では「5月6月が無駄に過ぎた。結局原爆投下とソ連参戦で終戦となった。われらの行動は自己満足であった」という彼の言葉を紹介している。

→うーん、無念さはわかるけど、後世の為、この工作について詳らかにしておくのが学者じゃないかと思った。ほんとの学者(真摯に考え行動もする)と思う南原を考えると、口を閉ざしたことには、別の何かの理由があるのではと思った。

 

雑然とした思いのまま記述しておく。