NHKの番組3つ、備忘の為。それと雑感。
「元気な浜通り」
浜通りとは、福島県浜通りのことである。13年前福島第一原発事故が起こった所。
私の好きなNHK「新日本紀行」で、浜通りの青春を描いた番組を見た。
内容は、わが町相馬市の盆踊りで歌う高専生、南相馬の若い漁師、川内村の61歳の盆野球、いわき市の日本一の女子高校生ダンス仲間、同じくいわき市のサーファーの男女の幼なじみ、同じくいわき市の「じゃんがら踊り」、大熊町のフランスの若い女性の農業を紹介していた。
皆前向きで元気が良い。福島県浜通りは、原発事故で痛めつけられたが、若い人は頼もしい、いつまでもおしひしがれてはいない。
ただ、原発事故の被害やその原因や責任は、けして忘れちゃいけないと思う。
NHKの地方局(宮城)発の番組に「女川原発再稼働-能登から考える」という番組があった。
女川原発は、11月に再稼働の予定だそうである。福島原発と同じ型(沸騰水型)で東日本初の再稼働だそうだ。
番組は、まず、東北電力の言う原発再稼働のメリット(電力の安定的供給・脱炭素に貢献・雇用と地元への経済貢献・電気料低減等)と安全性を高めたこと(防潮堤29m、電源車の大量設置、改良ベント等)を紹介していた。
次に、能登半島地震の実情を紹介し、地震・津波と原発事故という複合災害が発生した場合の問題を指摘していた。
というのは、女川原発は、能登半島と同じく牡鹿という半島の中部にあるからである。能登地震の場合、道路が寸断され、海路も隆起等で確保されず、長期間の孤立が続いた集落があった。
幸い能登半島の志賀原発計画は挫折していた。しかし、女川は再稼働をするのである。
番組では、地震津波・原発事故 の複合災害の時の安全確保が十分ではないということを指摘していた。
⓵避難経路・陸上・・・牡鹿半島は2本のルートがあるが、東日本大震災では、どちらのルートもがけ崩れ、津波で一時交通遮断となった。
②避難経路・海上・・・港の隆起のみならず、東日本大震災の時は、地震・津波とがれきで使用不能となった。
③避難経路・空路・・・能登地震では、ヘリコプター救助も行われたが、天候等の問題で、地震後11日目に救助された。
④屋内退避の問題・・・民家・公共の建物も一度の大地震に対応の安全基準でしかない
⓹避難受け入れ先の問題・・・避難所では、健康維持のため、一人当たり3・5平米が必要とされるが、宮城県内でそれを満たす市町村はたった4つしかない。
福島原発事故では、公式でも2300名以上の原発事故関連死が出ている。それは氷山の一角という人が多い。
簡単に言えば、原発関連の複合災害の時、家には危険でいられない、逃げる手段がない、逃げても避難所で健康を害する、と言う事だ。
こんなことで、女川原発を再稼働させていいはずがない。
番組では、避難所の改良拡充・道路確保・港確保の経費について、出演の大学教授は、
原子力発電所が出すべきと言っていたが、まさしくその通りである。これを考えれば、
原発を動かして電気料低減なんて嘘だろう。
再稼働した場合のさらに増える廃棄物処理の問題、事故が起きた時の復旧復興・賠償経費、日本の信用問題、・・・再稼働はやるべきじゃない。いずれ原発はゼロにすべきだ
NHK「映像の世紀」で、2001年の米国同時多発テロで、人生が変わった人々の生きざまを見た。印象的な話を記録する。
⓵米国人がテロで殺されたことに逆上したマーク=ローマンは、イスラム系と思われる二人を殺害して死刑になった。彼に襲われ重傷を負ったレイズ=ブイヤンは、マークの減刑に奔走した。二人は、処刑直前に話す。マーク=ローマンは言う。「私は見えてなかった。もしもう一度テロがあっても冷静でいてほしい。マーク=ローマンになるな」
②米国の復讐戦=アフガン戦争で、100名以上殺害した名狙撃手クリス=カイルは、PTSDとなり苦しむ。彼は、回復後同じ運命の元兵士たちを助ける活動をおこなう。しかしその活動の中で、同じ病気の元兵士のパニックにより射殺される。PTSDになったもの7057人、3万人が自殺だそうだ。
③息子を失った住山一貞は、この事件を忘れては困るという思いで、米国の事件報告書を10年かけて日本語訳にした。
④同じく息子を失った白鳥晴弘は、どうしてこんなことを起こしたか、ビンラデインに手紙で問う。勿論答えは来ない。その後アフガンにいく。
しかし、アフガンで、米軍の復讐爆撃により悲惨な目にあっているアフガン国民を見る。小さな子が、ジハード(聖戦)を言う事に心を痛め、アフガンへの支援を始める。
その中で、エフサマラ=ラフマトウラという9歳の少年に出会う。白鳥は言う「おじさんは息子を失ったけど、復讐を考えてない」少年は言う「復讐してやる。同じ目にあわせてやる」
白鳥は、温かい心で接することが復讐の連鎖を防ぐと考え、アフガンと日本で心の繋がりの活動する。少年とは連絡が取れなくなった。しかし、2015年アフガンで米軍人が3人殺害された事件の犯人(死亡)が、エフサマラ=ラフマトウラという名(白鳥の知る人物かどうか確定できず)を持つことを知る。
・・・・
私は、何年か前、仙台から名古屋への東日本フェリーの船上から見た光景を思い出す。
遠くに破壊された福島第一原発が見えた。フェリーから原発までの広い広い海上に船は一隻も見当たらない。その時私は思った。日本に敵意ある国家やある組織が、船で原発に接近して、砲弾やミサイルあるいはドローンを撃ち込むことなんて簡単だろうと。何せ防御がない。そうしたら、再び放射能の拡散が起き日本は、やっていけない。お終いである。日本の原発はすべて海沿いにある。広い海からの攻撃に対処なんてできない。
日本の防衛を考える場合、原発はなくしておくべきだ。
しかし、原発ばかりだろうか。
日本を自衛隊・米軍で守ろうという安全保障政策は、原発や工場地帯・市街地や上水道や高速道路や球場・サッカー場を、敵が攻撃しないという前提に立っている。しかし、これらへの攻撃は、少数のテロリストでも出来る。軍事力による安全保障作戦は、敵にも、「無防備都市・地域・一般人を攻撃してはならない」という国際法又は道徳あるいは理性が働く」ことを前提にしている。
それならば、軍備増強より国際法・道徳・理性で紛争を解決する方策を強化していくべきではないか。憎悪の連鎖は、はてしないかもしれない。まずは敵にならないこと。
米国は、911テロに見られるように逆上し、やられた以上の仕返し(アフガン・イラク戦争)をする。覇権を維持するためにも戦争(ベトナム戦争)をする。自国の利益の為、武力行使は当然と考える国である。それはそれでよい。そういう国だからだ。PTSDも自業自得と言えるかもしれない。
しかし、戦後日本は違う。国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄した国である。米国と一緒の行動は出来ない。すでに世界で5位から9位の軍事力を持つ軍事力大国である。米国に頼る必要はない。
安保条約を廃棄して、国連憲章や日本国憲法(芦田修正による解釈)の通りに「自国領土を侵略された場のみ、安保理が動くまでだけ軍事力を行使する」ことにしたらよい。
少なくとも2015年安保法制・1999年周辺事態法以前(完全な専守防衛)に戻せばよい。
米国がそれはダメだというなら、安保条約を廃棄すればいい。
この場合、紛争はすべて国際調停機関にゆだねると再宣言(最初の宣言は日本国憲法)しておけばよい。それで日本を侵略しずらいだろう。
それでも侵略する国家・組織があれば、自衛隊に戦ってもらおう。
その方が自衛隊員も誇りを持って戦える。何せ話し合いや裁判で紛争は解決しましょう言っている日本を侵略するのだから、悪いのは当然。悪い奴をやっつけるのは正義の行動だ。
俺らはすべての国が参加している国連の、そのルールにのっとり行動している、という誇りがあるので、強いだろう。「きけわだつみのこえ」に遺書などを残した良心的な日本兵士のような悩みや苦しみは少ないだろう。
米国の手先として戦うんでは、誇りや自信を持てないだろう。
自衛隊員の命を懸けて、戦ってもらうのだから日本国民は、戦争を起こさない最大限の努力をすべきである。場合によっては、無人島の尖閣をくれてもいい。
次の覇権国かもしれぬ中国とは、日中平和友好条約がある。そこにはお互いの主権尊重・領土保全・経済文化交流・お互いに覇権を求めないことが約束されている。これを太らせて平和を維持・発展させていくといい。とにかく米中の「アジア覇権争い」に巻き込まれる愚はよそう。大した気して「台湾有事は日本有事」なんて言うな。