昨日妻に誘われて、宮城県名取で、評判の高い「国宝」を見てきました。
恥ずかしいことに、話のあらすじが良くつかめませんでした。というのは、主演の二人の俳優がとても良く似ていて、どちらがどちらかわからなかったのです。それでこの話の逆転劇のいきさつが呑み込めなかったのです。たぶん逆転劇の話だったのでしょう?
まあ、最後のころ、ほほのこけたのが横浜流星。丸いのが吉沢亮と識別できるようになりました。ほほを見てました。
この映画の主題は、血筋VS芸だろうとは思いました。父親役の渡辺謙が最期のとき、自分が捨てた自分の息子(血筋)の名を呼ぶのが印象的でした。それにショックを受ける
芸の人も印象的でした。
結局は、多分芸の人が国宝と評価されるたのでしょうけど、もし血筋の人が長命であったら、どちらが国宝かわからなかったかな、なんても思いました。
しかし、歌舞伎とは豪華絢爛なものですね。衣装といい舞台装置といい踊りといい、この世のものと思えないものですね。そうか女形もこの世のものではないですね。男なのに現実の女よりも女らしく演ずる。もっともこの世のものを見世物にしたって観客はあまり喜びませんしね。
そういえば、一度見た人形浄瑠璃(多分、曽根崎心中)も、人形が、現実の人間以上に人間らしく振舞ってました。
そうか、今たけなわの選挙戦でも、各陣営はこの世のもの(現実)でない何かを主権者に見せようと必死なんですね。
まあそんなことはどうでもいいことです。
本物の歌舞伎は、ただ一度、歌舞伎座で見ただけです。「女殺し油地獄」というものです。演者が油に滑って前の席まで油を飛ばすシーンがありました。観客には、ビニール
の前掛けみたいなものが配られてました。
話の筋は完全に忘れてしまいましたが、まあ大げさな仕掛けで、どうもいまいち没入はできませんでした。
血筋と芸は、会社・各種団体でも創業者一族(血筋)と能力の高い生え抜き(芸)の社員の対立や葛藤や逆転劇なんてありますね。
映画「国宝」もそう考えれば、現実的とも言えますね。でも横浜と吉沢の二人のピタっとあった踊り、衣装の早変わりの瞬間芸は、非現実的幻想の世界でした。