今日は、長崎に原爆が投下された日です。9の日ですので、隣町(南相馬)のスタンデイングに行ってきました。
交差点に1人で立ちました。
でも地元(相馬)よりいいです。相馬はもう1か月(月曜午後)ずっと、一人です。
南相馬では、反対側に5名の人が立ってましたので。
掲げたプラカードは、いつもの

と、近頃登場した(米国のイラン核施設攻撃以来)

と、3年前に作った

です。被爆国日本は率先して、核禁条約を結ぶべきでしょう。
日本には非核三原則があります。それは、核禁条約とほぼ共通でしょう。
米国の核の傘を意識してのことでしょうが、核の傘って有効でしょうか。それが有効なら、なぜ現在南西諸島の防衛に力を注いでいるのでしょうか。米国の核の傘に入っていても、攻撃される可能性ありと考えてるからでしょう。
私は、日米同盟は、米国の戦争に巻き込まれる可能性が高いので、同盟を解消して、専守防衛(武装中立)に徹すべきと思っていますが、日米同盟下でも、核禁条約を結ぶべきでしょう。同盟下で、核禁条約を結ぶということは、日本は、米国の核を使わせないという宣言になります。それで、侵略をうける可能性の大小に影響があるとは思えません。
非・核保有国で、しかも西側と正式な軍事同盟を持たないウクライナは、ロシアの核の脅しに屈してません。
日本が核禁条約を結ぶことに何の不都合があるか、私にはわかりません。
核禁条約を結ぶことが、被爆死者たちへの最大の供養だと思うのです。
南相馬市図書館では、原爆写真展が開催されてました。30枚くらいの写真があり、要点をとらえた説明文がありました。
しかし、見学してたのは、私の他、も一人(高齢女性)だけでした。
長崎の平和祈念式典の様子は、相馬に帰る車の中でしたので見てません。
帰りは、エアコンを使わず、軽トラックの窓を全開にして走ってきました。
南相馬-相馬間は、23㎞です。国道6号という主要道路ですので、多分数百台とすれ違ったでしょう。私のように窓全開は、わずか7台でした。
前回の7月29日は、なんと2台だけでした。あの日は、最高気温が36度でしたのでね。(今日は32度)
窓全開で60キロ前後で走ると、気分爽快です。昔は車にエアコンなんてなかった。
若い気分になりました。
若いころの歌を誰はばかることなく歌ってきました。
今日は、「思い出の渚」です。そして今の気分にあった「あしたははれる」です。