NHK/ETV特集で、「広島からの手紙ー原爆をつづったアメリカ人」という番組を見た。
原爆投下についてのアメリカ人の手紙・手記を紹介した番組である。
原爆投下を命じたトルーマン大統領、原爆開発にかかわった科学者ルイス・アルバレズ、夫が原爆開発の仕事をしてたフィリス・フィッシャーの3人の手紙や手記である。
3人は、原爆投下に否定的である。
もちろんこれらの人は、ごく少数派である。
番組では、1945年段階での米国人の原爆投下への熱狂を紹介している。当時原爆投下への支持は、85%(キャラップ)。
(1)原爆を開発した科学者の場合(アルバレズとモリソン)
アルバレズは、オッペンハイマーに見いだされ、原爆開発に携わる。特異なのは、この人は、8月6日、広島への原爆投下を目視した人ということだ。
その直後、4歳の息子に手紙を書いている。
「今、陸から16キロ離れた8500メートル上空でこれを書いている。君への最初の手紙だ。私は今、何千もの市民を殺し傷つけたたことを後悔している。原爆投下は、将来
大きな話題となるだろうから、どうして投下しなければならなかったか、投下してどう思ったかを書いておく。・・・」る
彼の考える、原爆開発・投下の正当性は、「想像を絶する恐ろしい兵器は、戦争をなくし、人々を団結させる(A0153:「団結」の意味わからず)」という核抑止論である。
原爆の威力を知った彼は、これ以上の被害を恐れて、8月9日、長崎への原爆投下のとき、昔一緒に研究した日本人研究者への手紙をラジオゾンデに忍ばせる。同僚のフィリップ・モリソンと一緒に手紙を書く。
その内容は、「これ以上戦争を続けると、日本人はほんとにひどい目にあう。どうか、著名な君の力で、参謀本部に降伏するよう説得してくれないか」というものである。
(この手紙はもちろん日の目を見ない)
フィリップ・モリソンは、戦後広島・長崎で原爆の威力調査の仕事をする。そして米国議会で、甚大な惨害の詳細な報告をする。米国陸軍長官はこれを否定。モリソンの報告の米国内への影響はなかった。
アルバレズとモリソンは、水爆開発で意見が相違する。アルバレズは、核抑止論に基づき、肯定。モリソンは、水爆開発を否定する。
(2)原爆開発科学者(レオン)の奥様の場合(フィリス・フィッシャー)
フィリスは、夫についてロス・アラモスへ。はじめ何の研究かわからなかった。原爆が成功した日、夫から原爆研究であることを知らされ、違和感を持つ。
違和感は、広島・長崎の原爆投下で、さらに増大する。
彼女は、両親への手紙の中でこのように語る。
「10万人以上の日本人どもをたった1発の爆弾で殺すなんて。アナウンサーは、興奮してスポーツのスコアみたいに数字をあげるが、その数は人間の数だ。」
「どうしてこんなことができてしまうのか」
「2発の原爆は、無人島へ落とせばよかった。その威力を見せつけるだけでよかった」
フィリスは、戦後広島を訪れる。その時のことを、日本人のおばあ様への手紙という形式で書く。
「原爆慰霊碑の前で、女性が身じろぎもせず静かに祈っている。
人間が人間に対して行った非人間的なことを二度と起こしませぬように、という慰霊碑の前で。私の心は、あなたの心に寄り添う。そしてあなたを抱きしめて、言いたい。I am sorry と。」
(3)大統領の場合(ハリー・トルーマン)
ルーズベルト大統領が、1945年4月急死して、副大統領トルーマンが大統領になった。その時彼は、原爆研究のことについて、何も知らされてなかった。
5月ドイツが降伏。7月ポツダム会談。
8月6日(広島原爆投下のとき)
トルーマン「アジアで戦争を起こした日本に、新たな爆弾が投下された。原子爆弾である。軍都広島に投下した。宇宙のエネルギーの根源的力の解放である」
8月8日 広島への航空写真を見て。陸軍長官の手記:「トルーマンは、「とてつもない責任を負った」と言っていた。」
8月9日(長崎原爆投下)
日本が降伏するまでもっと原爆を使えという強硬派に対して、
トルーマン「日本はひどく野蛮な国である。しかし、(原爆による)市民の全滅に対して、個人的には後悔している。絶対に必要という状況以外に、私は原爆は使わない。女性・子供に対して私は倫理的感情を持つ」
8月10日 原爆をこれ以上使用しないという正式命令
1948年 軍幹部の「原爆管理を軍に」という要求に対して、これを拒否。
トルーマン「原爆は、通常の兵器と違うことを理解してくれ。原子力専門委員会に管理させ、使用権限は大統領が持つ」
朝鮮戦争時(1950年~1953年)
原爆使用を要求するマッカーサーに対して、原爆使用を拒否。マッカーサーを解任。
1953年1月19日(退任前日)
「原爆投下は不道徳でない」、という原子力委員会理事に対しての
トルーマンの手紙「市民の大量殺戮という点で、原爆は、毒ガス・生物兵器よりはるかに悪だ」
番組では、
トルーマンや科学者の葛藤を「国家の大義と個人の良心」の乖離ととらえていた。
また、戦後の原爆使用状況(キューバ危機・ベトナム戦争)のとき、その使用を抑えたのは、トルーマンの「核のタブー」(核使用への躊躇)といっていた。
そして、「日本や欧州での反核運動の力も大きい」という米国の学者の言葉を紹介していた。
トルーマンは、生涯「原爆は多くの米国兵士の命を救った正しい行為」と公式には言っていた。被爆者との面会のときでもそうである。
しかし、心では、原爆は悪と思っていたのは、どうも間違いないらしい。
トルーマン本人やその側近・有力政治家・軍人の原爆投下への考えは、WIKIで見ると、いろいろな解釈があり、ほんとはどうかという疑問は残る。
トルーマンと面会した被爆者が、この「原爆は悪」という書簡を見た感想は、印象深い。
「(大統領は)善ばかりに与(くみ)するのは難しいのだろう。トルーマンのこんな気持ちを、歴代大統領を含めて、広く知られればよかった」
という言葉はその通りと思った。
公式には原爆を肯定してたけれど、本心では、原爆投下を後悔していたトルーマンの
「原爆は悪」という言葉は、
現在の原爆保有国の指導者、保有したいと思う国の指導者には、是非知ってほしい。もちろん人類みんなが知るべきと思う。
番組の最後は、フィリスの孫とトルーマンの孫の話で終わっている。
二人とも、それぞれの祖父母の原爆投下を反省する気持ちを次世代に伝えたいと活動している。フィリスの孫は、小説執筆を通じて、トルーマンの孫は、被爆者との交流を通じて。
2024年の、「原爆投下は正当化できる」という米国人の割合は、56%(ギャラップ)。