フィリピンのゲリラに負けたードギュメント「太平洋戦争」第5集

数個前の拙ブログで扱った30年前のNHKスペシャル「太平洋戦争」ですが、第3集・第4集をまとめて、もう終わりにしようと思ってました。

 

しかし、せっかく見たので、印象的なところは、書き残しておこうと思いました。もちろん私がわかった範囲です。

 

第1集「帝国のアキレスけん」

アキレス腱とは、日本は、資源小国で外国に頼らざるを得ないため、輸送しなければならないことである。

その輸送ルートを破壊されれば、日本は立ち行かなくなるということである。

 

 

日中戦争の泥沼にはまった日本は、米英の中国援助を阻止するため、仏領インドシナに兵を進めた。1940年の北部仏印に続いて1941年7月南部仏印に進駐した。これに対して米国の対日石油禁止等、米英蘭は強硬に反発した。

 

日本は、石油・鉄・ボーキサイト・ゴム・食料等の資源を獲得するため、東南アジア全域を支配することを考えた。(自存自栄)

 

この資源を日本本土に運べるかどうかがカギであったが、日本軍部と政府は、運べるとと判断して、米英蘭との戦争に踏み切った。

 

しかしそれは全く希望的観測であった。

例えば、米の潜水艦攻撃による輸送船破壊を、第一次世界大戦のドイツによる英国商船の沈没割合から判断したのである。

それはずさんな計算で、米国の潜水艦攻撃ははるかに強大であり、日本の運輸部隊は、次々沈められていった。その結果、軍事力のみならず国民生活も立ち行かなくなったのである。

 

NHKのコメント:政府も軍部も科学的・合理的判断ができなかった。日本は資源等海外依存するほかなく「共存共栄」しか生きる道はない。現在(30年前)経済大国になったおごりがないか、自分勝手な行動をしてないか。

 

私の感想:資源・エネルギーを外国に依存するのは、戦後の日本も全く変わっていない。日本は外国と共存共栄するほかなく、戦争ができない国なのである。米国の保護下で生きるのが共存共栄になるか、国際法の下で米中どちらとも仲良くするか、ここを考えねばならない。

 

第2集「敵を知らず己を知らず」ーガダルカナル戦ー

ガダルカナル島飛行場争奪戦は、昭和17年7月~昭和18年2月までの戦い。日本軍は、32400名を投入し、2万人(うち、1.5万人飢えと病気ーAIより)が死亡。

日本軍の攻撃は、すべて夜間の歩兵による銃剣突撃で、同じ失敗を3度も繰り返した。

米軍は、鉄柵・照明弾・機関銃・戦車で防御し、圧倒的戦力差があった。

 

NHK

日本陸軍は、失敗から学習をしない。日本側の白兵戦とソ連側の機械化部隊の戦いで惨敗したノモンハンの教訓を生かしていない。その背景には、自己への過信と傲慢さがあった。過信と傲慢故、米国の力も知らない。

「敵を知らず己も知らず」が日本軍であった。

米国は、16年10月日本語学校を立ち上げ日本研究を進めた。ガダルカナルでも捕虜からの情報を集め、日本兵士も普通の人間と判断するようになった。この戦いが米国にとって日本人を知る初めての戦いだった。

日本軍側で、責任をとったものはいない。

ガダルカナル撤退を転進とごまかした。以後嘘ばかりをつくようになった。

 

私の感想:3度の日本軍の夜間突撃は、むざむざ兵士を死なせるだけなのに、なぜそんな作戦をするのか、大いに疑問を持った。兵士を考えると、言葉が出ない。

 

精神力の強調、客観的判断の軽視、メンツの重視、失敗しても責任をとらされない、、ごまかしが通用、こんなところが大惨敗の原因か。

 

現代日本にも、こんなことないかな。

 

私はやはり原発を思う。あんな事故を起こしたのに、原発推進側の指導者(東電・国)で責任を取らされたものがいない。きっとまた事故を起こすような恐怖を感じる。

 

第5集 踏みにじられた南の島ーレイテ島・フィリピンー

 太平洋戦争で一番兵員・軍属が死んだフィリピン(50万人)その中でもレイテ島は8万人の死者が出た。

 

初戦で日本軍に追い出された米軍指揮官マッカーサーは、フィリピン奪還に執念を燃やす。日本軍も、南方資源の輸送ルートであるフィリッピンを防衛するのに力を尽くす。

 

当時米軍の戦力と日本軍戦力では、かなりの差があった。しかし、決定的なことは、フィリピン人ゲリラの米軍への協力である。

日本軍の守備位置・勢力を彼らは米軍に詳細に教えていた。これでは日本軍は敗れるのは当たり前である。

 

なぜフィリピン人は、日本軍に抵抗するか、その理由をこの番組では詳細につたえていた。

①日本は、フィリピン統治に軍政を敷いた。軍政とは、日本軍が直接統治することである。日本軍人に統治の知識はない。

 

②フィリピンは、400年間のスペインの統治下、その後の40年間の米国の統治下、ある程度西欧化し、ある程度であるが個人主義・民主主義の味も知っていた。そこに日本が全体主義軍国主義のが押し付けたので、フィリピン人は、反感を持った。特にカトリック教徒が多いのに対して「天皇崇拝」を押し付けた。

 

③日本が初戦で米軍を追い出した時、捕虜たちを虐待した。バターン行進が有名であるが、その米軍兵士の9割は、フィリピン人であった。

 

④統治した日本軍は、当時使われていた臨時通貨を禁止し、軍票に代えた。軍票は軍が発行する紙幣である。当然信用がない。とんでもないインフレが起きる。

 

⑤日本軍は、自活が原則であるので、コメ等を収奪した。また砂糖畑を強制的に綿花畑にして失敗し、畑を荒らした。

 

私の感想:

①日本軍は、密告を奨励し、怪しいと判断したフィリピン人を無差別虐殺したとか、従軍慰安婦を多数挑発したとかの事実も、NHKは放送すべきであった。加害の実態をもっと詳細に日本国民に教えるべき。

 

②番組は、レイテ島を取り扱っているが、10万のフィリピン人死者を出したルソン島マニラ市街戦にも触れるべきである。ここでは、日本軍による無差別殺人・集団レイプも起こっている。NHKは、日本による加害の情報を忌避しているように思う。加害の事実もまた番組自身が言う合理的・科学的判断に大切な情報である。

 

③事実を直視しない人の中には、「大東亜戦争」により日本がアジア人を解放した、それが戦後のアジアの独立につながったなんてことを言う人がいる。

 

支配された人々が、日本軍への抵抗の中で、戦後の欧米からの独立を勝ち取ったといえるが、大日本帝国が、アジア人を欧米から解放したわけではない。

それなら第一、植民地の朝鮮や台湾を独立させるべきである。実際は、その地で独立運動を弾圧したのである。

 

第6集 一億玉砕への道ー日ソ終戦工作ー

日本の敗戦までの道のりを、日本の外交音痴の典型として描いている。

1945年2月米英ソがヤルタに集結した。敗色濃いドイツと日本への対応について話し合った。

ルーズベルト米大統領)は、ドイツ降伏後2~3か月、ソ連の対日参戦を要求した。

エサは、満州南樺太・千島列島をソ連に帰属させるということであった。スターリンは、これを受け入れた。

 

これは極秘事項で、日本側は知らなかった。

 

日本側は、大勢は敗色濃厚と判断していたが、一戦勝利して比較的有利な講和をしようと考えた。その講和の仲介をソ連に頼んだ。なぜなら日ソ中立条約があるからだ。

 

ソ連は、中立条約の破棄を4月に通告してきた。日本側は、それでもあと一年は有効ということで、4月から本格的に講和の仲介をソ連に働きかけ始める。

 

日本の外務関係者、特にソ連大使館は、ソ連の対日政策の冷淡さを感じて、仲介も甘くないと思っていた。しかし軍部は、初め独ソの仲直り、のち甘い条件の仲介等希望的観測で、外交を引きずった。

 

軍部は、最後本土決戦を唱え、4月からの沖縄戦を米国の出血と本土決戦の準備と位置付けた。

 

結局、原爆投下とソ連の参戦で日本は降伏するのである。

 

8月8日、駐ソ大使の佐藤尚武がモロトフ外相に呼ばれたとき、仲介の話かと思ったら対日宣戦布告だったとのことである。

 

NHK

軍部が外交を引きずっていった。軍部は、もともと最大の仮想敵国としていたソ連の仲介に期待するのである。

終戦の工作は、8割方が国内向けという指導層の言葉を紹介している。

ポツダム宣言の拒否の理由、すなわち国体がどうなるか不明というのは、軍部という組織を守るためであった。明治憲法下では、軍隊は、天皇直属の組織故、つまり自分の組織の維持を最優先していたのである。

 

私の感想:

軍が国体護持に執着したのは、己の組織維持を優先したからという指摘は鋭いと思った。なるほどと納得した。ここには、国民を守るという考えが全くない。沖縄戦で見られるように、軍は、県民の命などは二の次であった。軍の本質の一面がこういうところにあることは決して忘れてはならないことであると思った。