中国軍機の自衛隊機に対するレーダー照射、双方の言い分が違いますが、レーダー照射は、危険な行為といえるでしょう。厳しく抗議するのは当然と思います。また、その起因は、高市総理の「台湾有事は、存立危機事態」という発言も間違いないでしょう。
その発言は、台湾有事の際の中米の戦闘に日本が参戦するという意味です。高市氏は、本気でそう思っているので、危険です。彼女には早くやめてもらいましょう
だれが総理でも、参戦できないように武力攻撃事態法を改正前に戻しておきましょう。これは日本国内の法律ですので、国民の意思でできることです。(2015年以前に戻す)
日本国民及び中国国民が、敵愾心を燃え上がらせないように心することが一番大事と思ってます。政府もマスコミもSNSも、国民を落ち着かせる方向で情報を発信してほしいです。日中双方とも、いがみ合いは損で、お互いを必要としてるのは、間違いないことなのですから。

久しぶりに、4人いました。地元のスタンディングです。やはり、一人はさみしいです。
ちょっとしたら、知人が通りかかりました。
彼「昨日、俺の家の前に置いたのあんたかい」
俺「うん、あのカボチャ、ハクビシンの食い残しなんだ(笑)」
藪の上にカボチャが這って行き、そこにできたカボチャなのです。野ばらがいっぱいの藪には、さすがに獣たちも手を出しません。ざまあ見ろ(笑)
・・・・
NHKの番組で、重信房子と村山富市の特集を見ました。私は二人ともよく知りません。現役時代、私は政治的な動きにそれほど関心がありませんでした。というより、仕事や生活に振り回されて、世の中の動きを見る余裕がなかったのだと思います。
重信は、世界同時革命で、「世の中の矛盾を何とかしようとする」日本赤軍の幹部として、中東で活動した人です。その方法は、軍事的対応、あるいは一般人を人質にとるという作戦でした。反イスラエル・反米国のパレスチナ組織と連携した作戦でした。
重信(2022年20年の刑期を終えて社会に復帰)はこの番組の最後で、「一般人に迷惑をかけたのは、間違いで、謝罪する。権力に対する武力闘争は、逆に権力側を強くした。しかし、金や財力による収奪・格差拡大という問題は存在する。対処するには、現在は、政治的な取り組みしかない」といっていました。
権力に対する武力闘争なんてできない、逆効果というのは、当然のことでしょう。何をいまさらと思いました。日本赤軍などの行動が、多くの国民の、平和主義・社会主義的考えからの離反を起こしたもたらしたと思います。
しかし、「政治を変えるには、小さくとも声をあげること」という重信房子の現在の意見は、その通りと思いました。また金や財力による収奪・格差拡大という彼女の認識は私も同じです。
重信と同じように、資本による収奪を否定する党がありました。重信と方法は違いました。国会で多数派を占め政権を運営するという考えでした。それは社会党です。1990年代政権をとったことがあります。
社会党委員長・村山富市は、1995年自民党・さきがけ・社会党連立内閣の総理大臣でした。彼は、「自衛隊合憲・日米安保条約堅持」を打ち出し、それまでの社会党の最重要の基本方針を転換した人でした。
この点についての評価は様々でしょう。
「自民党の救世主」「社会党崩壊の元凶」「権力に執着がなく、社会党の理想実現に無力」といってた人がいました。
繰り返しますが、評価は様々です。
一方、同氏の戦後50年談話で、戦前日本のアジア諸国への侵略を謝罪したということには、高い評価があると思います。
村山と真逆な安倍政権・高市政権でも、真っ向から否定はしていません。(出来ません)「総理談話を全体として継承する」としています。
私は、村山談話を大いに評価する一方、村山は、社会党再生のチャンスを逃したと思います。
自衛隊合憲・日米安保堅持なら、どのような自衛隊が合憲なのか、日米安保堅持ならどのような日米安保がいいのかを明示すべきであったと思います。基本は「専守防衛」です。当時は、それが当たり前ですので、村山もはっきり言わなかったと思います。それを言えば、社会党の勢力は、減少しても何とか維持できたのではと思います。
私も当時は、「非武装中立」が正しい安保政策と思ってたので、村山を裏切者と思ってたと思います。「非武装中立が正しい」という考えが、社会党の衰退と崩壊をもたらしたと思います。(今でも私は、「非武装中立」の在り方も、ある環境条件があれば、理想的あり方と思っています)
その後も、専守防衛は死守すべきでした。1999年周辺事態法で専守防衛から逸脱し始め、2015年安保法制で完全に専守防衛をやめました。それが台湾有事に日本も参戦するという高市発言につながります。
もし社会党がある程度の勢力を保っていたならば、専守防衛を維持できたかもしれません。また、その後の新自由主義、市場万能主義、自由競争至上主義、「金だけ・今だけ・自分だけ」、自己責任論跋扈・格差当然という風潮は、かなり違っていたと思っています。