朝5時、散歩にでる。寒い。予想最低気温4℃だ。恐らくそのぐらいだろう。
郊外の村に出る。
いつもは涸れてる水路に、水がゴンゴン流れている。豊かな気持ちになる。
しかし、・・・。
昨年のコメ騒動で米価が上がったので、さぞや田んぼも復活したろうと思ったが、そういう風には見えない。
半分ちょっとくらいは、水を張っているが、半分は、草ぼうぼう、または牧草地。かつては全部水田だったのに。
もっと荒廃しているのは、畑である。
私の散歩の楽しみの一つは、畑の作物を見ることだ。でも、多くの畑が荒蕪地になっている。
あれ、ここきれいな畑だったのになあ、というところが一杯ある。
われら団塊及びその前後の膨大な塊は、すでに退職してるだろう。
帰ってきて、田畑をやらないかなあ。
かえりなんいざ、まさに田園荒れんとす(陶淵明)だよ。
昨日は、昭和の日。俺らの感覚では、天皇誕生日だった。昭和天皇の誕生日。
同じく昨日は、9の日。隣町でスタンデイングをしてきた。昭和の日だからか、初めての人が参加していて、道行く人に手を振っている。どうして手を振るのだろう。
俺は、彼らとは別に一人で立っている。この前みたいに誰か話しかけてこないかなあ。
しかし、そういう奇特な人はいなかった。
昭和・・・、なんと目のくらむような変転の時代だろう。恐慌で幕開け、大陸進出から、中国との全面戦争さらに世界を相手の戦争で敗戦。日本人死者300万以上、東アジアの死者2000万以上。
戦後、民主化・国際協調、GDPで世界2位を数十年維持。
令和の今は、どんな位置にいるのか。失われた30年。GDPでは、今年第5位になる予測。ダントツ世界一位の国家の累積債務。少子化。新しい戦前。戦間期。・・・。ウーム。
なんて思いながら歩いていると、変なことを思い出した。
11月3日の文化の日を「明治の日」にしよう、という動きがあるということを。
戦前は、明治天皇の誕生日だったそうだ。確か、明治節と言ったかな。
戦後は、文化の日。この日は、日本国憲法公布日でもある。
明治の日が欲しいという議員は、
自民党を中心に、野党の一部も含めて結構な人数もあるのだそうだ。参政党が賛成なのだそうだ。
推進する人たちは、明治は素晴らしかった、昭和はダメだったという感覚だろうか。
確かに、他のアジア諸国と違い、植民地化を逃れ独立を保ち、日清日露の勝利で、欧米列強に伍したという華々しい時代ともいえる。一方、韓国併合などアジアを植民地化した時代であり、昭和の敗戦を準備したともいえる。
坂の上確かに雲だ下り坂降りるとそこは大洪水(司馬遼太郎史観を揶揄した拙ざれ歌)
時代はそれぞれ、様々な顔がある。各人の歴史解釈に任せるべきだ。
明治時代と言われて、現在の国民は何か思いだすだろうか。
天皇の統治で時代を区切る意味などない。
国家や政府や多数派が、歴史解釈を国民に押し付けるのはまずい。
ただ矛盾だろうが、「昭和」だけはあってもいいと思う。
大失敗を忘れないために。