一妻多夫は可能か/N分N乗課税方式に反対/都の太陽光発電義務化について

島田雅彦「往生際の悪い奴」を読みました。読み始めて、50代弁護士と彼が拾った20代無職男が、民事事件を解決していく話かと思ったら、大間違いでした。一人の女性を、この二人が、喧嘩もせず共有し、この女性もそれに応じるというものでした。一妻多夫制です。興味のある方はどうぞ。尚かなり激しいSEX描写があり、興味のある方はどうぞ、いやな方は、忌避してください。

 

近頃、少子化対策として、所得税にN分N乗課税方式を導入すべきという意見が、自民の一部や維新・国民民主党にありますが、私は反対です。フランスで導入されているのだそうですが、フランスの出生率の高さは、移民への寛容さ、親子に対する手厚い保護(婚外子も平等)などが理由で、税制の優遇のせいではないでしょう。

 

日本でも、「ははあ、子供を多く持つと、所得税が減るのか、よーし子供を生もう」なんて思うはずないでしょう。馬鹿も休み休み言ってもらいたいですね。

 

若者は、生活が安定して、将来に希望が持てれば、子供を育てますよ。

 

長年にわたって、国全体のGDPが伸びない、個人の平均年収が伸びない、実質賃金低下、先進国で最低の国の教育費支出、「生活の豊かさは、それぞれの自己責任」、なんて政治だから、子供をつくらないんですよ。この何十年にわたる自民党政治ではダメなんですよ。

 

私が、N分N乗課税方式に反対する理由は、所得再分配にないらないからです。金持ち優遇になるからです。

1億円の所得ある人は、現在1億円に対する累進税率がかかりますが、その人が、専業主婦の妻と子供2人いますと、1億÷4人、即ち2000万への累進税率×4となります。所得が多い人ほど得するのは、自明です。累進税率が低くなるからです。

 

現在日本には、借金がいっぱいありますが、お金があるところにいっぱいあります。そこから多くの税をいただいて、やっていくべきでしょう。

 

今日の毎日新聞論点欄に「都の太陽光パネル設置義務化」に対して、識者の賛否両論が掲載されていました。

 

賛成論(鈴木かずえ グリーンピースジャパン、他1名)

①今の気候危機への対策は、喫緊の課題。2020年政府も新築住宅に太陽光発電をと言ったが、義務化はしてなかった。都のこの政策が先駆けとなる。

②大都市にはダムはなく、大規模な風力発電は出来ない。住宅の太陽光発電は、都市でもできる。

③屋根は既存の開発地で、新しく土地を開発することに比べて、環境負荷が小さい

④災害時の非常用電源となりうる。

 

反対論(山本隆三常盤大名誉教授)

①設置義務のある一戸建て住宅を買える人は相対的に収入が多く、それを買えない人

には恩恵はない。むしろ負担が増え、貧富の差が拡大する。

②パネル処分方法が問題だ。空き家が増えている。パネル設置の空き家の処分費用を都が負担することになりかねない。

③この義務化で、都の目標の、二酸化炭素排出量の0.4%しか削減できない。効果薄い

④費用対効果が悪い。都の導入される太陽光だと、二酸化炭素削減1トン当たり約2万5千円。原発だと1700円だ。

事業用太陽光発電だと、住宅用より安い。

⓹パネルの9割が輸入。国内産業振興に寄与しない。

 

私は、都の太陽光設置義務化に賛成します。理由は以下に述べます。

気候危機への対応は、最重要課題であり、すべての国・自治体・個人・企業が努力すべきことである。東京都の場合、屋根にソーラーパネル設置ぐらいしか、手はない。

 

効果が小さくとも、費用対効果が悪くとも努力すべきことなのだと思う(反対論③④への反論)原発の安さは、建築費、設置・維持のための税金投入、テロ・事故対策費、廃棄物処分費を含んでないのではないか(④への疑問)

 

事業用太陽光発電は、環境破壊する可能性が大きい(例:相馬市の玉野太陽光発電、④への反論)

 

パネルの処分問題は、都の義務化の問題ではない。別個に考えるべき問題。(反対論②への反論)

 

反対論⓹については、1割でも国内産業に役立つのではないか。太陽光発電関連機器は、パネルばかりではない。パワコン・蓄電池・その他も含む。1割以上、国内産業に貢献しているのではないか。尚パネルの国産化率を高めることは出来ると思う。そしてやらねばならぬと思う。特に蓄電池能力に注力して、競争力を高め、これで国内産業を興すべきと思う。

 

最後に、反対論①について:元々太陽光発電の固定価格買い取り制度は、全国民負担で、太陽光発電を増やそうというものである。まず、都の問題ではない。

確かに太陽光発電に投資できる人とできない人がいると思う。しかし、この投資が損か得かなんてわからない。維持費用・撤去費用を考えると損かもしれない。貧富の格差拡大なんて言えると思えない。標準的な4KWH発電の費用は、114万だそうだが、その程度の投資で、貧富の差が拡大?

 

余った円を預貯金する人は、その金融機関に投資しているのであり、株や信託投資している人は、その企業(企業の組み合わせ)に投資しているのである。この教授は、預貯金もしてないのだろうか。

 

この教授は、二酸化炭素削減にどう対処すればいいと考えているのか。文面から見ると、原発と大規模太陽光発電のようです。いや、考えてないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原発汚染水海洋放出問題について

昨日相馬市「千客万来館」で、福島第一原発(以下1Fと略す)事故で汚染された水の海洋放出について、福島大学の柴崎直明教授の講演会を聞いた。約60名が参加しました。

 

彼は、専門が応用地質学で、2015年に地質学専門家の仲間で作った「福島第一原発地質・地下水問題研究グループ」(原発団研)の代表なのだそうです。現在46名が所属しているそうです。

 

彼の話の要点はおよそ次の通り

①1Fは、元々地下水の豊富な台地を削った敷地に建てた設備なのに、事故前も事故後も、敷地の地質や地下水の実態把握が軽視されてきた。それゆえ汚染水対策が不十分で、膨大な汚染水を抱えることになった。

 

②東電の汚染水対策の中心の一つは、地下水バイパス作戦(建屋に流れ込む地下水を

くみ上げ、海に流す)であるが、計画の4分の1もくみ上げていない。それは、東電の地質把握が、間違っていたからだ。(東電は地質を砂と考えていたが、原発団研の調査によると、泥質的な層=水を通しにくい、も多数あることが判明)

 

③東電の汚染水対策の中心の第二は、凍土壁により建屋に流れ込む地下水を遮断する

作戦であったが、これも効果は限定的であった。(その証拠は、現在も雨が降ると凍土壁内の地下水位が上がるという事実=コントロールされていない)

 

その失敗の大きな理由は、地下原発構造物による未凍結部分の存在と、凍土壁の深度の不足である。

 

凍土壁は、コスト(345億円)・耐久性(7年と言われる)遮水性の信頼度低い、高い線量下での建設工事を考えると、適切でなかった。

 

④以上の欠陥から、汚染水は日々増加しており(2021年度、一日平均130トン)、これが、海洋放出をせざるを得なくなる根本原因である。

新たな汚染水を減らし、第二原発の土地も使って保管すれば、海洋放出の必要がなくなる。ALPSで除去できないトリチウムは、12年で半減し、100年でおよそ影響がなくなる。長く保管すればいい。汚染水の新たな発生を抑えるのが肝要。増え続けてはダメだ。

 

原発団研は、汚染水海洋放出を防ぐため、根本的な汚染水発生量削減を提案した。その方法は、ソイルセメントを使った広域遮水壁の設置と集水井(しゅうすいせい)+水抜きボーリングである。

 

広域遮水壁は、幅90cm、総延長は、3.7キロ、深度は、35m~50m、経費は凍土壁の半分、工期も数年程度。

 

集水井は、直径3.5m深さ35m~50mの大きさで、10カ所設置、水抜きボーリングは、この巨大井戸に流れ込む長さ数十メートルの水を通す穴。土砂崩れ対策によく使われる。

 

⑦この提案に対し、東電は、2022年12月21日、広域遮水壁は効果がないと説明した。それに対して原発団研は、東電の解析の非科学性を指摘し、再度我らの提案を真剣に研究するよう要求中である。

以上が、お話の概要。

 

私は、汚染水の海洋放出やむなし、その場合福島県沖やむなしと、考えていたが、この講演を聞いて考えを変えた。

 

原発団研の言う通り、広域遮水壁と水抜きボーリング付き集水井で新たな汚染水を防ぎ、それでも増える分は、第二原発の敷地を使って、保管するのが正解と思う。

 

先生の話によると、東電は、地質のボーリング調査の資料約200本のうち40本しか公開してなくて、公開したものは、生の資料ではないのだそうである。東電の隠ぺい体質はまだ続いている。

 

今朝の新聞には、東電の、ALPS処理水の海洋放出は安全というA4のチラシが入っていた。このチラシでは、トリチウムを基準以下に薄めて放出するというが、薄めても総量は変わらない

 

また、このチラシでは、トリチウム以外の放射性物質も基準以下にしてから放出と言っている。

しかし、原発団研にもらったパンフ資料によると、「2022年に公表したALPS処理水のトリチウム以外放射性物質の基準越えが、なんと66%ある。10倍から100倍が13%、100倍以上が5%。この5%の中には、基準値の2万倍!」のもある。

 

国・東電は、ALPS処理水は安全だとごまかさず、この原発団研の言う通り、根本的な汚染水削減策を実行し、陸上保管をしてほしいものだ。

 

原発団研は、学者中心の団体である。彼等で実測もして、集まって研究し、国・東電と違う研究成果を得て、提案をしている。

こういう学者は、国にとっては煙たい存在だろう。だからこそ貴重なんだと思う。

また、煙たいからこそ、国は、学術会議に口出ししたいんだと思う。今国会で国が口出しできる仕組みを法制化しようとしている。学術会議と多くの専門部会はこれに反対している。

 

政府の介入は、憲法の学問の自由の侵害に当たる。真実に迫れなくなる。

 

それはまずい。

皆で、反対しよう。学術会議を応援しよう。

私の、スタンデイングのプラカードです。今日は南相馬のスタンデイングの日でしたが、欠席しました。昨日の雪の為、道路が凍結でシンパイだからです。軽トラは雪に弱いのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

験(しるし)なきものと思えど やったるぞ 蝶の羽ばたき わがスタンデイング

第一級の寒波が来るそうです。その前兆でしょうか。ひどく寒いです。

 

今日もまたスタンデイングに行ってきました。地元相馬です。私達夫婦も含めて6名参加でした。

 

皆この寒いなか、元気がいいです。隣に立ったのが、わが中学の同級生です。共産党員です。

 

で、近頃ちょっとした話題の、例の事について聞いてみました。

 

共産党の元幹部が、「米の核抑止に頼らず、通常兵力による抑止に努め、安保条約堅持」と言っていることについて、聞いてみました。

 

友人曰く、「彼は10年何年か前からおかしいんだ」と。

 

私は、武装中立論が正しいと思っているんで、安保条約廃棄を目指すべきと思っています。そのため、共産党には、安保廃棄の旗は立てておいてほしいなあと思っています。まあ、実現性は、現状では0ですけどね。

 

一方、この共産党元幹部のように「安保条約をそのままで、通常兵力での抑止に努める」というのも、成立する考えだと思います。(武装同盟方式)

 

分からないのは、毎日新聞特別編集委員 山田孝男の「国防リアリズム元年」と題するコラムです。(1月23日)

 

彼(特別編集委員)は、この共産党元幹部の意見(米の核抑止に頼らず、通常兵器で抑止)という意見に「非武装中立よりリアルだけど、非現実的」と評価します。

 

一方、彼は、同じコラムで、共産元幹部の「米国が核で反撃する可能性は低い」という事には賛成しているのです。

 

分からない。米国が核で反撃する可能性は低い、というのは核抑止力がない、という事じゃないのか?核の傘はないという事なんじゃないの?

 

さらに、この編集委員は言います。共産党元幹部の「核と通常兵器を切り分ける」ことには、日米防衛実務者が同意するわけはない。故に非現実的であると。

 

これは、もっと、分からない。「防衛実務者が同意するかどうか」から考えるのはおかしい。今は安全な方策はどれかを考えている。君(編集委員)は、防衛実務者(官僚)が認めるか認めないか、で安全保障を決めるのかい?この人はダメだと思います。

 

 

 

 

私は、安全保障方式には、「非武装中立」もあるし「武装中立」もあるし、「武装同盟」もあると思っています。それぞれの方式にもまた、具体的にいろいろあります。

 

 

例えば私が、非武装中立」が非現実的という場合、それを担う政党が微弱で、かつ国民の支持が微弱という事からです。

理屈的に「非武装中立」が安全保障方式としてダメと思っていません。考え方、やり方によって成立すると思ってます。(例えば、拙ブログ2022年3月25日、日本の安全保障(2)、小林直樹憲法第9条」(岩波新書1982年))。私は、日米外務防衛官僚が認めないから、非現実的と言っているわけではありません。

 

 

 

さて、今日も小学一年生が通りかかりました。また、プラカードや看板をよみ始めます。

漢字も読めるようです。国、大、人、止める、平和、など読める子がいました。

私は分からなかったのですが、今日は手を振ってくれる人が結構いるな、と言ってた人がいました。「皆わかってきたんじゃないの」という人がいました。

 

そうかなあ、今日の毎日には、世論調査があって、日米同盟強化を評価するが60

評価しないが23%とあります。日米同盟強化って、敵基地攻撃のためのミサイルを買うとか、ミサイルを改良するとかなんで、よりお金を使います。ところが軍拡増税には反対が68%、賛成が22%。という事は、「借金で軍拡せよ」という事かな。「社会保障とか教育費を削れ」という事かな。

 

この辺、国民も深く考えてないと思うので、国会審議で追及してほしい。マスコミもね。少しまじめに考えよう。いくら忙しくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

験(しるし)なきものを思はずは、ソーシャルダンスに酔いしれるべし

初めて言います。私の見果てぬ夢は、ダンスなんです。

 

女性と踊ることです。

 

小学校のフォークダンスは、私の苦痛の種でした。踊りたいのに踊れないんです。リズム感が大変悪く、傍から見ているだけでした。あ、自由参加のフォークです。参加しよう、でもできない。行こうか、いやダメだ。ドキドキしながら、あー終わっちまった、です。

 

中高も進歩がありませんでした。尤も高校は男子校で文化祭ぐらいしかフォークダンスはありません。勿論参加しませんでした。

 

大学時代は、寮でダンパが結構行われました。先輩には、壁の花を誘うようにと言われましたが、私は「ボックス」しかできませんでした。しかも真四角しかできませんでした。これでは女性はつまらないでしょう。

 

私は、相馬盆歌の本拠相馬生まれです。ところが相馬盆踊りを覚えきれませんでした。

 

 

私はリズム感を置いて母から生まれてきたんだと思います。

 

若いころ妻にソーシャルダンスやろうと誘われたことがあるのですが、断りました。妻が運動神経がいいことを知っているからです。

 

で、ダンスは、見果てぬ夢なんです。

 

そこで、ユーチューブでダンス曲を楽しんでます。

まずは、


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私は、エンゲルベルトフンパーデインクが好きだ。そして、ワルツが好きだ。

次は大好きな映画から


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ジュリーアンドリュース、可愛い。

そして最後に、これはワルツではないですけど、そしてダンスはあまりないけど


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「ラストダンスは私に」は、まさしく名曲です。多くの歌手・演奏家のいずれもいいです。故に名曲です。アン・ブリーンという方は知りませんでした。優しい歌声が素敵です。ゴーナビのところがとっても可愛い。この韓国男性もかっこいい。

 

越路の歌で、私は女性が男性に言っているのかと思ってましたが、実は、男性が女性に愛を歌っているのですね。

 

わが好みばかりで、どうもすみません。

 

 

 

 

 

 

 

験(しるし)なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし

このところ、安保は是か非か、台湾有事をどうする、膨大な借金で日本どうなる、「自由死」、など、「験」ないものを考えてました。

 

古代の歌人大伴家持)は、「役立たないことを考えるよりは、酒を飲んだ方がいい」と言いましたが、

 

今日は春のようないい天気です。畑作業にいそしみましょう。

 

最後の里芋掘って、今夜は里芋汁にしよう。大根漬けの甘酢漬けも作りましょう。

 

という事で、朝9時軽トラで畑に出かけました。

 

ひとりなので、里芋掘りや大根抜きの我が勇姿を見せることができないのが残念無念です。(笑)

うーん、だいぶ虫に食われてますなあ。夕方皮をむいて一回目塩漬け、水が上がったら

水を捨てて、ザラメと酢と少量の焼酎で2度漬けです。1週間ぐらいで食えます。

最後の里芋です。干して夕方に皮剥いて里芋汁にします。里芋の右側のものなんだか分かりますか。下の方濡れてますでしょう?これ、ヒントです。

 

芋の泥を落とし、皮を取る道具です。上を持って左右に動かします。手で洗うよりはるかに簡単。第一冷たくない。

 

これ、妻の実家から貰ってきたんです。3年前死んだ義父(93歳死去、元特攻隊員)がつくったものです。昔の人の知恵はすごい。

 

平野の小説「本心」には、戦死者のVF(ヴァーチャル・フィギュア)が「死ぬ一瞬前」、「おかあーさーん」と言って死ぬことが、ネット攻撃の的となった、なんて話が出てきます。おっとっと。「験なきものを」だった。

 

さーてと、大根の皮をむいて漬けて、里芋の皮をむいて、芋汁作り、濁れる酒ならぬ、特売で買った2リットル、1250円の焼酎を飲んで、一日の終わりとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

好きなら好きといえよ。

再び、平野啓一郎の「本心」について、思ったことを短く。

(以下ネタバレ、かつよく言う独断と偏見に満ちているので、この本を読む予定がある人は、このブログ、読まない方がいいです)

 

実は、俺は、主人公「僕」の愛についての態度にイラついた。

 

好きなら好きといえ、これが俺の言いたいことだ。勿論お互いがフリーの場合。

 

「僕」は、三好(女性)とアパートのシェアをしている。三好は売春と性暴力で男性との性交渉ができない。優しい「僕」は、それを十分尊重して生活する。やがて、三好を好きになる。三好も明らかに好意を持っている。しかし、イフィ(能力ある19歳の男性、「僕」の雇い主、障碍者、富裕層)も三好に好意を持つ。「僕」は、イフィの三好への愛を聞く。「僕」は、イフィに友情も感じている。そして「僕」は、多分「三好は、あちらの世界に住むイフィと結びついた方が幸せになる」と判断して、三好を諦める。

 

おいおいおいおい、2040年代の「僕」よ。君は、超昔の人かよ。

 

「それから」(漱石)の代助だって、ずっと後になって、友情が間違ってたとして、結婚してた三千代を友人から奪ったぞ。そうならないか。

 

なんで平野は、こんな恋を描くんだ。2040年代は、「あちらの世界」と「こちらの世界」の隔絶(恋を諦めるほどの)を言いたいのか。相手の幸せを想うのが愛と言いたいのか。それも愛とは思うけど、俺は嫌だな。心を全部言えよ。三好の選択に任せろよ。

 

男なら女だって、本心で生きよ。

 

ところがこの本のメインは、恐らく自由死を選んだ母の本心。俺はこれが理解できずに、ブログは、メインの周りをうろついている。

 

 

 

 

 

 

自由死・VF(ヴァーチャル・フィギュア)・リアル・アバターの仕事ー2040年代の日本ー

平野啓一郎の「本心」(小説、2021年をよみました。うーん、いろんな意味で、難しい。よくわからなかったけど、すごく興味も惹かれました。私としては、珍しく続けて2度読んでしまいました。

 

時代は、2040年代初め。「自由死」(本人の意思で、医師の手助けにより安楽死すること)が合法化された日本。

 

「自由死」の意思を告げた母は、主人公(僕)が拒否しているうちに、事故死。「僕」は、母の死後、AIに、母の情報を学習させ、母のVFを作ります。そして、生前の母の真実の姿を求めます。その過程で、母の友人の若い女性(三好)、19歳の有能なVF作成者(イフィー)、母の元恋人の作家(藤原)等と出会います。「僕」は、恋愛を経験し、自分の誕生秘密を知り、生きる意味、死の意味を考えます。そして、人生の目標を見つけていきます。

 

 

2040年代の日本の貧しさがひしひしと感じられた小説でした。勿論格差もです。

 

三好は、かつて売春で生活し、今は旅館の下働きです。「僕」は、他人(多くは金持ち)の言いなりになるリアル・アバターの仕事です。首になれば、廃品回収の仕事をします。

 

著者平野啓一郎は、仕事風景・食事風景等で、さりげなく貧しさを描きます。自由死も社会保障費の削減に寄与するからこそ、合法化されたのでしょう。

 

私達は、今の豊かな生活が、借金で成り立っていることを知っています。1989年(平成元年)の国債残高は、160兆円でした。これが2022年には、1026兆円になりました。平均しますと、この30余年、毎年毎年、26兆円の借金で、今の生活が成り立っているわけです。今の生活は見せかけです。バブルです。

 

日本政府の税収を平均60兆円としますと、年収600万の家庭が、毎年260万の借金をして、30余年経ちました。そして今借金は、1億260万円になっています。こんな家、破産です。

 

 

借金は、いつかは返さなければなりません。政府は、どうしてこんな巨大な借金できるのでしょうか。私は、1億の国民を人質にしているから、借金ができるのだと思っています。いざとなれば、増税かひどいインフレ(増税と同じことです)生活をさせればいいわけです。・・どちらも貧しい生活です。現在の日本の社会経済の諸指標は、将来の明らかな貧困化を示しているように思えます。

 

2040年代には、自由死がなんとなく奨励されることになるかもしれません。空気!が怖い。「迷惑をかけるな」という空気。

 

子や孫の為、お金を少しでも残すため、介護等かれらの手を煩わせないため、「自分は死ぬ」と考える人が出てくるかもしれません。

 

この「僕」が働くリアル・アバターの仕事は、雇い主の命令のまま動く仕事です。自分を殺した仕事です。そういえば売春も同じです。「僕」が失職した後の、廃品回収の仕事は、機械化するだけの経済合理性(P232)のない仕事です。つまり、機械よりも安く使える人間労働です。こんな労働の可能性も高いです。

 

私は、2040年代は、90歳代です。おそらく消えているでしょう。「骨と灰と二酸化炭素」(p208)になっているでしょう。宇宙の元素に戻ります。

助かった(笑)。生きていたなら、そしてボケてなかったなら、子や孫に迷惑をかけていいのか?という問いに、いやおうなしに向き合うかもしれません。

 

私がかつて衝撃を受けたNHKドラマ「わが歌は、はないちもんめ」や「高瀬舟」や「楢山節考」を思い出します。

 

a0153.hatenablog.com

 

 

 

著者平野啓一郎は、1975年生まれです。2040年代には、60代後半から70代でしょう。彼は、「あっちの世界」(この本に頻繁に出てきます。富裕層の世界です)ですから困らないでしょう。しかし、「こっちの世界」の人々はどうでしょうか?主人公の母親は、70歳でした。平野啓一郎は、自分の世代とその子どもたちの世代の、20年後を描いたのでした。

 

この本には、外国人労働者の問題、格差、生きる意味、死の意味(「死の一瞬前」が話題になります)、愛とは、等多くのことが出てきます。それぞれに興味深い話が出てきます。長くなりますので、この辺で終わります。興味のある方は、お読みください。

 

印象に残った言葉を一つだけあげておきます。

「何のために存在しているのか?その理由を考えることで、確かに人は、自分の人生を模索する。僕だってそれを考えている。けれども、この問いかけには、言葉を見つけられずに口ごもっている人をいぶりだし、恥じ入らせ、生を断念するするよう促す人殺しの考えが忍び込んでいる」

 

・・・・

人殺しと言えば、「業務上過失致死罪」に問われた裁判の結果が出ました。

昨日の、東電福一原発事故の、刑事責任に関する東京高裁の判決は、東電経営陣の無罪でした。残念です。

予想はされました。最高裁の民事裁判の判決で、(この場合は、国ですが)、責任はないとしていたからです。

今回の判決で、あのような地震津波は、予見できなかった、と判断しましたが、ずっと前にあの津波の可能性は指摘されてました。

その、万が一に備えるのが危険物運転の責任者じゃないですか。

原発を止める判断は、経営者には難しいとの判決ですが、

原発を止めなくとも、非常用電源の水密化や高台移転をすれば、メルトダウンは防げたはずです。

今回の裁判での被害者は44名ですが、震災関連死と認められた福島県内の人数は、3800名です。腐った判決です。

今日は9の日です。南相馬市のスタンデイングに行ってきます。