初めての作家である。
読後感の第一は、うまい小説家だなあ、という事である。
木挽町の芝居小屋の裏手で、美しい若侍菊之助が、父親の仇の作兵衛を仕留めた。2年後この事件を聞きまわる若侍がいる。この若侍が正体不明。しかも聞きまわるうちに、菊之助が仇討ちに乗り気でなかったことがわかる。なぜだ?しかもこの若侍、仇討ちの様子を聞くだけでなく、目撃者の芝居関係者の人生まで聞きまわる。どうしてかな?
最後になって、騙されたと読者がわかる仕掛けになっている。うまい!見事な手腕だ。
全体は、芝居関係者の仇討ち目撃談とその人生の開陳で構成されている。その芝居関係者のしゃべる人生が実に面白いんだなあ。印象に残った言葉などを備忘の為、少々。
第一幕 木戸芸人(吉原の生まれ育ち、初め禿(かむろ)のち幇間(太鼓持ち)
「(木戸芸人になって)手前の胸のドン突きにしっくりくるなりわいってのにたどり着けた心持がしたんですよ」
「のっぴきならない事情ってやつは、誰よりも手前がそう決めちまってる。道を外れても、存外、たくましく生きる術もあるって言いたくて」
第二幕 立師(殺陣師、腕の立つ御家人、奉公の希望がダメ、道場主と父親に絶望、)
武士として死ぬ決意の立師に対して町娘の言葉:
「私ら町人の道理は、お侍様より簡単です。・・殺生したら地獄に落ちる。あの人殺し野郎は勝手に地獄に落ちる。お侍様が手を下せば、・・・お侍様も地獄行き」
第三幕 裁縫師(天明の飢饉で餓死寸前に、役者芳沢ほたると隠亡に救われる)
裁縫師:「どんなに威張ったって、焼いたら皆骨になる。そう思うと相手の顔が髑髏に見える」
芳沢ほたる:「いいなあ、…お前さんの世界は、平ったくていい」
第四幕 小道具師(無口、話すのは妻、仕事で長期に家を空けてる時愛児をなくす)
大看板役者市川團藏から、「忠義の為わが子の首を差し出す」芝居の、その首を作ってくれと頼まれて、愛児を模した首を作る。
第5幕 戯作者(裕福な旗本の次男坊、10歳ごろ婿入り先決定。相手は0歳のおたえ、徹底的な遊び人)
「酒も女も歌舞音曲も勿論好きだ。どれも心躍るけど、酔いがさめるとぽっかりとしたむなしさだけがのこる」
「目の前には曲がることのない真っすぐな道が伸びていて、その道の先に墓穴が穴をあけている。・・・(俺は)棺桶に入れられて運ばれていく骸と何ら変わりない」
いいなずけのおたえが、17歳の美しい娘となって現れる。戯作者は、おたえに惚れた若侍に出会って、彼女を譲る決心をする。20年後におたえから手紙が来る。
この幕あたりから因縁めいてくる。
終幕 解決編。因縁と真相が明かされる。
木戸芸人、立師、裁縫師、小道具師、戯作者の人生が面白くて、それに気を取られて騙された。