いつも日本の未来は暗いなんて言ってる私が、逆のことを思いました。
若者たちは皆、目を輝かせて元気な声で力いっぱい、とても難しい事、自分にいまできないことにも必死で挑戦してました。
こんな若者たちですから、きっと、われらの知らないやり方で日本を幸せの国にしてくれるでしょう。
そうなんです。昨日は年長組になったわが孫の運動会です。
あいにく昨夜の雨でグランドが濡れてるところがありました。ずいぶん転んだ子がいましたが、皆泥だらけで立ち上がり走り抜けました。
とんでもなく暑い日でした。最高気温30.6度を記録しました。
年少・年中時の徒競走でダントツラストのわが孫は、今年はラスト2でした。
年長さんは、走力が同じくらいの者同士で走るのだそうで、わが孫、一番最初に走ったというのは、一番遅い組の中でラスト2と言う事です。
それがねえ、園長さんの放送説明では、自分達で決めたというんです。ほんとかなあ。
孫に聞いたら、「わかんない」とのこと。多分先生方で決めたんでしょう。
年長さんのわが孫は、鼓笛隊、徒競走、障害物競走、クラス対抗リレー、集団演技、
組体操に参加しました。いやー、忙しい。こちらもくたびれた。午前中で終わりです。
よく頑張りました。
同じ幼稚園を年長で入っても、2、3か月で中退した私と比べれば大したものです。
ひどく暑かったですが、青空の下、楽しい半日でした。
こんな平和な日本が続くといいな。(私たちは平和に過ごせたけど)
平和とは、井上ひさしが言う通り、このような日常の生活が続くことでしょう。
近頃、映画「この世界(さらにいくつもの)の片隅に」をプライム・ビデオで見ました。数年前映画館で観た映画でした。
戦前から戦後の呉や広島の日常生活を実に丹念に描いていると思いました。この日常を次第に侵食していくのが戦争でした。主人公すずの成長とともに、すずの日常生活を破壊していくのが戦争でした。最後には、義姉の子供の命とともに自分の右腕を失います。
ひどく苦しみながらも、しかし、すずは着実に力強く生きていきます。
亡くなっても、力強く人々を励ます言葉があります。
IF I must die
You must live
to tell my story
ガザ在住のパレスチナ人リフアト・アライールという詩人の詩です。彼は昨年の12月
イスラエルの爆撃で死にました。ガザの大学で文学を教えていました。
cangaelさんの記事 を貼り付けておきます
リフアト・アライールさんの詩 もし私が死ななければならないのなら
もし私が死ななければならないのなら
あなたは生きなければならない
私の物語を伝えるために
私の遺品を売り 布切れと 少しの糸を買うために
長い尻尾のついた白いものにしておくれ
ガザのどこかにいる子どもが
天を仰ぎ見て 炎に包まれ旅立った父を待つとき
─ その父は誰にも別れを告げられなかった
自らの肉体にすら
自分自身にすら ─
あなたが作る 私の凧が舞い上がるのを子どもが見て
ほんのひととき 天使がそこにいて
愛をまた届けに来てくれたと思えるように
もし 私が死ななければならないのなら
それが希望をもたらしますように
それが物語となりますように
NHKスペシャル(10月13日)「If I must die ガザ 絶望から生まれた詩」 - 四丁目でCan蛙~日々是好日~
彼は言います。
「私の家には武器がありません。ペンしかありません。もしイスラエルの兵士が我が家に侵入し、暴虐を働くなら、私は言葉で、抵抗します」
どの様な言葉なのでしょうか。
「彼らが尚も聞こうとしないで、小銃や大砲に弾を込めて、私達を狙うなら、私たちは大きな声で叫ぶまでのこと。「君たちはなんと無礼非道な奴か」と。
これは明治20年(1886年1887年)に中江兆民が著した「三酔人経論問答」の中の洋学紳士の言葉です。
(三酔人には、非武装論の洋学紳士のほかに、強兵策でアジアに進出という豪傑君、
、国際法かつ専守防衛論の南海先生がいて、深くかつ広範な議論を展開します。)
話を戻します。
リフアトは、アメリカに住む教え子のユダヤ人の娘と自分の娘が、いつか自由になったガザで、友人になることを夢見ます。ユダヤとパレスチナの友好を思います。
あの「私には夢がある」(キング牧師演説)が思い起こされる言葉です。
しかし、リフアトの娘も、ガザでイスラエルに殺されます。この絶望。
ずっと昔、パレスチナの地は、ユダヤ人とアラブ人が隣人として仲良く暮らしていました。日常生活がありました。世界の片隅に平穏な日常生活がありました。
我らは、日本というこの世界の片隅におよそ80年平穏な日常生活を送ることができました。しかし、この80年、「さらにいくつもの世界の片隅」で大きな戦争小さな戦争がいっぱいあり、人々の日常生活が破壊されました。私達日本人は、それを阻止できませんでした。いやむしろ加担したかもしれません。
どうぞ次の世代の人々には、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する」(日本国憲法前文)ことができますように、賢く行動していただきたいと思います。
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