松下奈緒の二十四の瞳

 俺の一番数多く見た映画「二十四の瞳」のテレビドラマを見た。松下奈緒主演。

どうも、木下恵介の「二十四」を見すぎたので、ここが違うとか、ここでこうだったな、木下映画ではなんて見て、どうも集中しなかったな。

 大きく違うところは、松下の大石先生は、結構自分の意見をはっきり言う先生と言うことだ。戦争反対、命が大事ということを前面に出している。
 高峰秀子の大石先生は、そう言葉ではっきり主張はせず、子どもに寄り添い、泣くしかないという先生だった。だからこそかえって戦争反対が際立ったと思う。
 そして、かっこつけて強がりを言った戦前戦中の風潮に対して、自分の気持ちに正直に、悲しいことは悲しいということが大事と木下映画は主張していたと思う。

 このドラマでうまく作ったのは、あの松江のユリの絵柄の弁当箱だ。木下映画では弁当箱のその後はない。それを最後の場面で使ったのはうまいと思う。ただし、このドラマの大吉が舟を操る場面は、まずいなあ。あんな子どもが漕ぐなら、来る時ぐらい親の先生が漕ぐのが当然だ。不自然だねえ。

 子どもたちの演技は、ドラマの方が上だな。・・・現代の子供たちだと思う。
 どうも違和感を感じたのは、服装や家や顔の表情が豊かすぎるということだな。昭和29年と平成25年の差が大きく出ているねえ。もちろん、木下映画の方が戦前戦後をよくあらわしている。

 子どもたちが、怪我した先生を見舞いに行く場面。木下映画は、ずいぶん長く子どもたちに寄り添って撮っている。長く歩いたということが実感できる。だからこそバスから降りた先生との再会が感動的なんだと思う。

 自転車は、なぜこのドラマでは省略したんだろうねえ。ないからどうということもないけど。
 木下映画の最後の場面が、大石先生が自転車で学校へ通う場面で終わっている。
 映画のそんな終わり方をしないとすると、自転車を登場させるわけにはいかないか。
 そうなるとやはり、このドラマは弱いなあ。先生と生徒の関係が映画にはくっきりでている。そして「仰げば尊し」が流れる。これにはかなわないなあ。皆が写真を持っているというのがその代わりだろうけど、やはり弱い。

 木下映画は、裏に反戦があるけれど、表にはいや中心は、先生と生徒の関係なのだと思う。はじめと終わりにバックに、「仰げば尊し」の音楽が流れることがその象徴である。一方ドラマは、反戦の方がより表面に出している。

 盲目のソンキが写真をなぞる場面。木下映画の方が良いねえ。「うん、この写真は見えるんじゃ」と言う言葉はぜひ欲しい。

 大石先生の三番目の子どもの死の表現も大いに違う。間接的に病死という表現がドラマ。直截的に木から落ちて事故死が映画。その場面にも童謡が流れる。大石先生「おまえは悪くない。腹減りゃ子どもじゃもの、柿の木に登って柿を食おうとするのは当たり前だ。おまえはちっとも悪くない」という言葉が欲しい。
 じゃー誰が悪いのかと映画観賞者に思わせる。もちろん戦争にしてしまった大人が悪いのだ。そう思わせる。
 まったく言葉では言っていないのに、戦争の悲惨が強烈に伝わる。木下のすごさが良く分かる。

 木下映画とこのドラマの一番大きな違いは、小学校唱歌だろう。映画では、唱歌は、実に実に効果的だ。なぜ小学校唱歌を木下は使ったのだろう。
 
 それと大きな違いは、瀬戸内海の表現だな。映画は長いカットで瀬戸内海の美しさを表現している。瀬戸内海だけではない。葬列のシーン、行進のシーン、高峰や子どもたちの表情の長いカット。ドラマはそれがない。映画とテレビドラマの違いだろうか。お金の掛け方、手間暇の掛け方が違うのだろう。時間の制約だろうねえ。