雇い止め、「二十四の瞳」

約1か月前、「今の仕事は来年の9月までです」と言われました。こういうのを雇い止めと言うのでしょうか。もともと今の仕事は、契約内容が臨時雇いと言うかたちです。日々雇用、いつでも解雇できる、かつ4カ月ごと更新と言う契約です。ですから解雇もやむをえないわけです。一緒に働いている人は、私を含め3人が年金をもらています。ですから我ら3名は、首になっても何とか生活していけます。もひとり50代半ばの男性がいてこの人は、大変です。しかし、突然の解雇ではなく、先が見えるのはまだいくらかいいと思います。彼は、前からいろんな研修を受けて転職を考えています。今はフォークリフトの資格取りをしています。


さて、雇い止めの宣告を受けて気持ちが少し変わりました。それは、以前に比べて仕事に対して熱がなくなったことです。、あと少しなので適当にこなせばいいやと言う気持ちです。決められたことをやればいいと言う気持ちが生じてきたことです。今の仕事は、事務補助と言う簡単な仕事です。それにしたって、こうすりゃーもっといいとか、面倒だけれどこうすべきだなんてことはいくらでもあるわけです。その気持ちが薄れてきました。つまり、労働意欲の低下です。


これから考えますと、会社も正規雇用の人で構成されていた方がいいと思います。できるだけそのようにした方がいいと思います。その方が会社にとって得と思います。正規社員を雇えば、給料も多く支払わねばならないでしょうし、社会保険料の負担も大きいでしょう。しかし、一生懸命働いてもらった方がいいんじゃないかなあ。損して得取れと言います。

会社とはそんな甘くないと言われそうです。利益追求が第一。そのためには、安い労働力
いや、労働分配率を下げることが第一ですか?それも考えられますが、大きく見れば、労働者全体の給料が下がると言うことは、需要が減るわけで。俺は、甘いですね。トヨタや日産がいかに下請けを虐めたか。臨時雇いのくびをどれほど切ったか?


全ての人を正規雇用にとは言いません。主婦の人や高齢者で短時間のみ働きたい人も働けるようパートがあってもいいと思います。同一労働同一賃金と言うのは、無理なような気がします。私の仕事のように雇う方も雇われる方も、いつ首にしてもいい、いつ辞めてもいいと言う関係と「会社と運命共同体」と言う雇用労働関係は、給料が違っていいと思うんです。臨時雇いでもフルタイムの人は、同一労働同一賃金のほうがいかなあ。ボーナスで差をつけるとして。経営者はこんなことを一生懸命考えているのでしょうね。大変ですね。
パートでも派遣でも、上司や経営者は雇われる方を大事にした方がいいと思います。どんな職場でも、人のやる気はお金ばかりではないと思いますので。成果主義ばかりで一生懸命になるとは思えません。見せかけの成果なんてあるといくらもあります。


ただこれだけははっきり言えます。いつ首になるかわからない状態では、労働意欲は減少するということ。


夜勤出撃前、またまた「二十四の瞳」を見てしまいました。知っているものをも一度見たり読んだりする。新しいものは面倒だ。そう思うようになりました。私も60代半ば、これは「加齢」と言うものだと思います。


さて、改めてこの映画は傑作だと思いました。この映画の時代背景とこの映画に登場する人々の運命は、日本全国にあったほんとのことと思います。原作者壺井栄や映画監督木下惠介や主演高峰秀子・そのほかスタッフの多くの経験や思いがこのスクリーンに凝縮されていると思います。この映画はこの1954年のキネマ旬報のベスト1位でした。3位は、あの「七人の侍」のようです。


映画は、戦闘場面は皆無ですし、反戦を声高にも主張していません。しかし、私は見るたびに戦争はやっちゃいけないなと思わされます。いや戦前のようであってはいけないなと思わされます。当時の多くの日本国民が「そうだなあ」と思った映画だったと思います。だからこそ、一位であり、その後も繰り返し、映画化・ドラマ化されたのでしょう。


貧乏な国、戦前の日本。それが身にしみました。一番優秀だった琴江は、奉公に出て苦労して結核となり死ぬ。特に貧乏だった松江は、小5の時働きにだされます。小六の修学旅行の時の、先生や同級生との出会いと別れの場面は、ほんとにかわいそうです。没落した庄屋の娘富士子の一家夜逃げ。前にブログに書きましたが、男の子にとって、兵隊に行くことが、立身出世の大きな手段=故に兵隊が憧れだった戦前日本。その結果の戦死や盲目。良くないなあ。


この貧乏な日本が、もっと貧乏な中国を侵略する。モット貧乏な朝鮮を植民地にして収奪する。どちらの国民にとっても不幸だったと言えます。世界恐慌の中「満蒙は日本の生命線」と言うことで、満州をとりにゆき、結局日中戦争突入しました。
戦後日本は、中国・満州どころか朝鮮も台湾も樺太もなくしました。それでも、豊かな、世界2位の経済大国を40年も続けました。どこが違うか、これは良く考えねばなりません。


少なくとも、大きくはこういえるでしょう。戦後の世界体制は、戦前の体制に比べて良かったということです。
戦後の体制は、日独伊に勝った戦勝国が作りました。国連体制・GATT→WTO体制=自由貿易体制、IMF体制です。日本の扱いでは、ポツダム宣言日本国憲法・サンフランシスコ体制・日米安保体制です。ただし、サンフランシスコ・安保体制は、国連の集団安全保障体制と矛盾し、日本国憲法体制と矛盾する面があり、国内にも強い反対がありました。


大きな矛盾を抱えながらも、戦後体制は、世界中でうまく機能したと思います。世界大戦のような大きな戦争がななかったことや経済成長です。特に日本は、大成功したと思います。安倍さんの「戦後レジームからの脱却」と言うのは、戦後体制の何から脱却しようとするのか、私は良く知りませんが、戦後全体が戦前よりは良かったことから、間違った考え方だと思います。


安倍さんは、集団的自衛権憲法の範囲内と言います。すると日本国憲法の指示する日本国の安全保障方式は、非武装中立自衛隊も安保もなし)、武装中立自衛隊あり、安保なし)、武装同盟(自衛隊も安保もあり、専守防衛=海外派兵禁止)武装同盟(自衛隊も安保あり、自衛隊海外派兵可)、何でもアリとなります。最高裁は御存じの通り、逃げ(統治行為論)をうっていますので、国民が決めることになります。選挙や運動や国民投票によって。私は、自分の判断を、戦争平和数直線と損得勘定(別ブログ)で決めています。


戦争平和数直線とは、たとえばこういうことです。武器輸出OKと言うのは、日本を戦争の方向へ一歩進めるか、平和の方向へ一歩進めるかと考えることです。


おっとっと。「二十四の瞳」から外れてしまいました。
この映画は、1954年に製作されました。この年は自衛隊発足の年でした。それから
60年後の今年自衛隊集団的自衛権行使に使っても憲法違反でないと内閣が解釈を変更しました。安倍さんは、60年周年記念と言うことで言ったのかなあ。60年間認めなかった集団的自衛権を認め自衛隊をそれに使おうとしているわけです。
それは、大損だとおもうんだけどね。アメリカと一緒に戦わないと守ってもらえないなんて言うなら、安保やめると言えばいい。君たちに押し付けられた憲法のせいで、海外では戦えないよと言えばいい。君たちのおとした原爆を経験してるので戦争は出来ないと良く良くわかったから、君たちには戦争じゃ協力できないと言えばいい。


中国には、侵略したことは悪かった、とさんざん言っておけばいい。。そうすりゃー、中国は侵略しずらいだろう。少なくとも人の住む先島諸島はとりに来れないだろう。侵略が明確なんだから。安倍さんは、馬鹿だ。侵略ってどういうことかはっきりしないなんていった。自民の大物政治家も、誰か忘れたが、歴史家が決めるなんて言った。それは、中国に侵略してもいいですよ、と言うようなもんだ。だって侵略ってどういうものかわからないっていうんだもの。後で歴史家が決めることだなんていうんなもの。アホの極致だ。


尖閣は、「裁判で決めよう」とさんざん言っておけばいい。尖閣もとりに来ずらいだろう。とられたら、世界にそれを宣伝すればいい。「中国の奴は、俺らが裁判で決めようっていているのに武力でとった」といえばいい。この宣伝はきくとおもう。とられてもいい。いつも責められている戦前の日本の侵略を少しは軽くする。「お前ら侵略した悪い国」とさんざん言われた、その言葉をそのまま返せばいい。まったく、戦前の日本国はまったく迷惑なことをしてくれたものだ。70年経ても責められる。
あーあ、またおんなじこと言っちゃった。くどい。くだらぬ。これまた加齢だ。華麗でないなあ。あーあ。


夜勤に行ってきます。特攻隊員は「いきます」と言ったそうだが、もしそれがほんとならかわいそうだ。若者はどんな気持ちで、言ったか、行ったか、逝ったか。かえってこれないんだからなあ。死ぬんだからなあ。戦前日本のばかやろー。俺は帰ってこれる。これからの若者たちも、行ってきまーすと言っていけることを永遠に望みます。