旅行で思ったこと2つ

昨日四街道の介護老人保健施設にいる叔母を訪問した。ずっと心にかかっていた事をようやく果たせた。

独り暮らしの彼女は、この数年認知症が進んでいた。昨年、四街道のマンションから、前に住んでいた国分寺三鷹へ迷い出て、警察に数回保護された。

叔母は、理容師。78歳まで現役だった。生涯独身であったが、叔母に理容技術を教えた人の養子になった。その人を叔母は「先生」と呼んでいた。その先生も生涯独身で人生を終えた。

訪問先の介護施設で見た叔母は、見る影もなく痩せていた。しかし、私と、同行の従弟を、はっきり認識した。

一方、今どこにいるかという事と近年起きた出来事は頭にはいっていなかった。

私の母(姉)や従弟の母(妹)の死は、認識が不十分であった。

一緒に外出した際、どこに帰るか、それは、まったく分からなかった。これでは、警察に保護されるのは当然である。


私たちがとてもお世話になった叔母はもう、20年か30年前の世界に住んでいた。

人は老いて、これまで自分が創ってきた世界とお別れするのだと思った。

も一つ思ったこと。いつも思うことだ。

私と従弟は、どちらも飛行機と飛行場が好きだ。特に従弟は、完全な飛行情報マニアで、飛行機マニアである。

私たちは、昨日叔母と別れた後、成田空港で3時間飛行機を見た。今日は茨城空港で2時間弱飛行機を見た。

飛行機好きは、いっぱいいた。送迎客もいっぱいいた。中国・台湾・韓国人がすごく多いのが印象に残った。中国語・韓国語が飛び交った。成田でも茨城でも。

特に茨城では台湾と中国人が多かった。この空港には、格安航空会社の台北と上海の定期便が就航しているからだ。

彼らは日本人と姿かたち服装も変わりがない。言語は違うし、思想や行動や文化は違うだろうけど。

茨城空港の歓送迎デッキからは、隣接する自衛隊百里基地が見える。従弟は言う。「前は、このデッキの左側半分は、遠望できなかった。自衛隊基地が見えないようにしていた」と。

私は、ぼんやり思った。
私の隣にいる人たちと戦うなんて時が来るんだろうか。そうおもった。
いつもなんだけど、中国との戦争なんて夢物語絵空事なんじゃないかと。

彼らと話を交わしたわけじゃない。彼らは、私と何も関係ないけど、彼らも「飛行機の飛び立つのが好きだ」とか、「風に吹かれて歓送迎デッキにでるのが好きだ」とか、「美味しいものやきれいなものが好きだ」とか、「外国の見知らぬ文物に触れてみたい」とか、「金が欲しい」「地位が欲しい」「もてたい」「酒のみたい」とか、もろもろ同じ人間じゃないか、そう思った。

国を守って戦えと言う。その命令は国家が出す。今、となりで並んで飛行機を見ている中国人と私は、国家の命令がない限り戦うことはない。

国家が介在しない限り、仲良くはできなくとも、憎しみ合うことはないんじゃないかと思った。
上野公園で、日本の桜の下で中国人だか韓国人だかが酒飲んで騒いで花見している時も同じように感じた。

国家は、個人の行動の邪魔をするな。介入するなと思う。

ほおっておけば、諸国民は、仲良くするか、表面上だけ付き合いをするか、無視しあうかだろう。勿論、経済・文化・観光・金儲けでは、深い交流をしながらである。憎しみ合いは余りないだろうし、殺し合いなんか絶対しないだろ。勿論犯罪者は別だけど。

ある国家が他国への悪感情をあおる時、それはある何かの目的を持つ誰かあるいは何かの意思だろう。それは多くの諸国民の利益と反するものと思う。

個人がホントに自分の力で独立して生きていく場合、国家に頼る、あるいは国家を隠れ蓑にして何かをなすということはないと思う。ある技術・製品を創ろう努力する人、何かで儲けようとする人は、国家に頼ってはいないだろう。国家に頼ろうとするとき、腐れる
ような気がする。

社会は別だ。個人の集合体で作るいろんな社会には、個人は、貢献し支えられる。親戚、家族、会社、職場、隣組、同窓会、自治体に貢献しかつ支えられている。これらは私に他国人と戦えとは命令しない。

国家と社会は別なものだ。

戦うのは、あの百里基地自衛隊員である。国家が戦争をすると意思決定した時、
私が、あの自衛隊員に戦えと命令していることとなる。民主主義の現在、私も国家意思を決定する一員だからだ。

憲法のもとでは、国民が、国家に対して、「戦争するという命令を出してはならない」と命令している。憲法前文や9条の戦争放棄や交戦権否認がこれである。

その枠を外そうと言うのが、戦後自民党の方針であった。

その枠外しの現段階が安倍政権の安保法制である。

隣で飛行機を見ている中国人と憎しみあいたくない。殺し合いはしたくない。

安保法制を許してはならない。その意志は、今度の参院選で示すことが出来る。

そんなことを飛行場の歓送迎デッキ(今は見学デッキというのかな)でぼんやり考えた。