新潟知事選/「バイバイ」/スタンディング

まずは、昨日の新潟県知事選、米山氏の当選おめでとうございます。

鹿児島に続いての再稼働慎重派の当選、良かったですね。今度原発事故が起きたら、日本全体がジ・エンドなのに、東電が福一事故の責任をとっていると言えないのに、福一の事故原因が解明されてないのに、避難計画がきわめて不十分なのに、放射性廃棄物の処理方法が決まってないのに、・・・再稼働なんておかしいですよ。

新潟県民の良識に安心しました。感謝します。

今朝の朝日新聞では、福一事故の処理費が今の想定の11兆円から7兆円ほど増えるかもしれないと出ていました。東電社長は「東電が倒産すると廃炉や賠償が出来ない」としていました。また経産省は、柏崎刈谷原発再稼働での儲け年2000億を廃炉や賠償に充てると言う計画に狂いが生じると言っていました。同新聞は、再稼働が遠のくと新たな国民負担を基礎とする東電救済シナリオが現実味を増しかねないとも言っていました。

新たな国民負担も、場合によりやむをえないこともあります。しかしそれには、東電の清算と推進してきた人の責任明確化と原発全廃が前提と、私は思います。責任を取らずに、救済なんて虫がよすぎますよ。東電株は、東京都をはじめ多くの自治体も持っています。清算となれば、莫大な損失を被ります。しかし、株主責任はあります。厳しいですが、責任はとりましょう。

今日の朝日には、悲惨な話も出ていました。昨日からの「小さな命」という連載の2回目です。「娘いなければ・・・思いつめ」という題でした。おととし、離婚した女が、新しく同居した男との関係や育児ストレスから、3歳の娘を欄干から落として殺害したという事件です。娘を突き落とす場面を、記事ではこういいます。
>3度目、娘を抱く手を伸ばし、宙に浮く状態にしてみた。川面から4メートル以上。娘はにこっと笑い、突然こういったという

「バイバイ」

手を離した。ドボンという音が聞こえたが、車まで走った。自宅前で車を止めると車内で少し泣き、部屋に戻った<

言葉に表せない悲惨さです。

関係ありますか、どうですか。私は今渡辺京二「逝きし世の面影」を再読しています。「他国に比べて、日本人は、他人の貧困に対する態度が冷淡かどうか」に関するブログを、私は先日書きました。それに対する少しのコメントありまして、上の本を思い出したわけです。

渡辺京二「逝きし世の面影」は、江戸末期から明治初年来日した外国人の、日本と日本人の印象を分析したものです。渡辺京二氏は、江戸後期に出来上がった日本人の生活全体を、「消え去った文明」として「逝きし世」と表現しています。外国人の書いたものの中に、江戸後期の日本人の特徴が表れてると考えて、特徴を摘出していきます。精密な論考を重ねた膨大な著作です。とても私の理解の及ぶところではありませんが、江戸後期の日本人はこうだったんだと、とても興味をひかれます。

この中に「子どもの楽園」という章があります。渡辺氏のいう通り、江戸末期も子どもへの虐待も犯罪もあっただろうけれど、総じて江戸期の日本人は子供を心底可愛がる人たちであったのだろうと、私も想像します。

現代は、どうでしょうか。分かりませんが、随分と違うような気がします。少なくとも「幼稚園や小学校を騒音発生源」とは、江戸期の人は思わなかったのは、間違いありません。

さて、今日の午後は、相馬のスタンディングの日です。暑くなく寒くない、スタンディングには好適な季節となりました。

いつものメンバーです。私を含めて8名です。車の中から手を振ってくれた人が一人いました。力づけられます。


私のプラカードです。戦後の平和にはいろんな解釈がありましょうけど、国家権力遂行の戦争は、してきませんでした。
安保法制は、それが出来るようしました。