ひばりって面白いー鹿島散歩(4)

朝4時ちょっと前目を覚ます。もう眠れない。ぐずぐずして5時起床。ちくわを一本かじり、降圧剤3種類を服用して出撃。

 

真野川までくると、まあ、鳥たちがうるさい。

ケーン」「ケーン

「ホーホケキョ」「ケキョ、ケキョ」

「ギジギジ、ギイギイ」(オオヨシキリ

「デデーポッポ」「デデーポッポ」

カラスも飛び回るし、川面には、鴨が浮かんでいる。近頃は、ツバメも参戦する。

 

川を渡ると、女性の二人ずれが前を歩いている。よく会う人たちである。きっと桜平山公園に行くのだろう。言葉を掛け合ったことはない。

 

も少し行くと、私の好きな微高地に出る。その途中でおばあさんが「散歩にはいい季節になったねえ」と。「はい。気持ちいいです」と私。

 

さらに行くと「報徳門」という門柱の立った大きな家がある。報徳は勿論、あの二宮尊徳から来ている。相馬藩は、江戸時代の飢饉を尊徳の教え(報徳仕法)で復興させた藩である。

 

でもなぜ「報徳門」か。ある時、この家のおばあさんにきいたら、戦後農地解放を行った時、元の小作人たちが感謝してこの門を立ててくれたのだそうだ。いい話である。

 

微高地を降りて、相馬支援学校を見ながら、ガードレールを支えに、斜め腕立て伏せ、

筋伸ばし、開脚屈伸をする。男性が犬を連れてやってくる。「おはようございます」「おはようございます」。

 

お互いマスクはしてない。近頃マスクの人が減ったように思う。もともと私は散歩時は、マスクはしない。人とほとんど接触しないので。田舎道は、1時間歩いても、3~6名くらいしか会わない。

 

犬は、ちと怪訝そう。おそらく俺のサングラスを警戒したか。白内障でまぶしいため、外はたいていサングラスである。

 

鹿島中学校を過ぎると、広い田んぼの風景が広がる。

 

「ピーチク、ピーチク、パーチャパーチャ、ピチャピチャ、ピーチクピーチク」

とやかましく鳴いてた鳥が突然飛び上がる。ひばりである。

 

そこからがすごい。どこまでもどこまでも昇る。数分は昇って行ったろう。薄雲に隠れた。それでも声は聞こえる。いつ降りてくるのか、待てども降りてこない。首が痛くなったのであきらめて、歩き出した。見事である。相馬ではついぞ見なかった。鹿島に来て初めて見た。今日一日で3羽も見た。

 

どうしてあんなに鳴きながら上昇するのだろう。ものすごいエネルギーである。すごい。よほど高カロリーを取ってないとああは出来ないだろう。

 

「揚げ雲雀名乗りいで」という詩の一節を思い出した。家に帰り、ネットで見ると、

原詩は、ロバートブラウニング。私が知っていたのは、上田敏訳である。

時は春

日は朝

朝は七時

片岡に露みちて

揚げ雲雀名乗りいで

蝸牛枝に這ひ

神、そらに知ろしめす

すべて世は事もなし

この詩は神(キリスト教)を讃える詩というような解説があった。

 

私は分からない。神を信じ神にゆだねれば、「すべて世は事もなし」、なんて言えるのだろうか。

 

プーチンを動かしたと言われるギリシャ正教キリスト教だろう。プーチンが神にゆだねた結果、双方の兵士の死、ウクライナの民間人の死、虐殺という犯罪が起きたのではないのか。「世には事がありすぎる」

 

揚げ雲雀は、なぜあんなに高く飛ぶのか。けたたましく鳴きながら。あんなに鳴くのだから虫は食えないだろう。だから俺は、なわばりの主張と想像する。

 

ロシアも中国も米国もなわばり争いをしている。ひばりと同じだ。

 

しかしひばりは自分の領分だけの主張である。ロシアや中国や米国は、自分の領分を増やそうとしている。

 

ひばりは覇権は求めない。大国は覇権を求める。人間の大国は、自分の領分を増やそうとし、覇権確立のため、武器まで使って殺し合う。

 

カラスとトンビの空中戦はよく見る。これもなわばり争いか、子孫を守るためかであろう。しかし彼らは殺し合いはしない。しばらくすると離れる。

 

どうもねえ、神がつくりたもうた人間は、生き物の中で最低の存在らしい。知恵を授けられたのにその知恵を己の欲望の実現に使っている。

 

TVではいろいろ解説をしている。そうかもしれないと思う。しかし、つまらぬ知恵である。政治家や評論家は、争いを助長するような言動をしている。これまたつまらぬ知恵である。

 

仲よくしよう、でいいじゃないか。気に食わないけど一緒に生きようでいいじゃないか。

 

真野川に戻ってきた。川の向こう岸が金色に光っている。しかも動いている。なんだと見れば、鯉の大群である。そうだ乗っ込み期だ。繁殖の季節である。

 

自然は事もない。

 

 

この川、豊かなのに、人間は利用できない。原発事故のためだ。馬鹿が。

 

 

ウクライナの肥沃な農地に地雷を埋めた馬鹿もいる。

 

 

神がいるなら、一度人類を滅ぼした方が良くないか。

 

いやそれは良くない。子供たちに責任はない。幸福な人生を歩んでもらいたい。

 

だからさ。つまらぬ知恵を言う国・政治家・評論家・人がいるので、俺も薄い脳みそを使って、つまらぬ知恵を出すほかあるまい。それは面倒である。ボケた方が楽か。

 

あーつまらぬ。