yonnbaba様紹介の笹本稜平「春を背負って」を読みました。面白かった。
全体の紹介は、yonnbaba様の上手な紹介に譲って(5月8日)、私は、特に面白かった「野晒し」について書きます。
また山に登りたくなる『春を背負って』笹本稜平著
また山に登りたくなる『春を背負って』笹本稜平著 - あとは野となれ山となれ
以下半ネタバレ。
山小屋を営む亨とその助っ人ゴロさんは、野晒しになった白骨死体を発見します。
その4日後のことです。予約のあった84歳の大下恭二郎という人が、なかなか山小屋にやってきません。老齢の彼ですので、気をもんでますと、大下から道に迷ったという連絡が入ります。GPSでその場所を特定すると、野晒しを発見した場所です!二人は大下を無事救助しました。大下は、亨やゴロさんや美由紀(訳アリの山小屋手伝いの若い女性)などと楽しい一晩を過ごします。大下が下山した後、警察が白骨死体の名前が判明したと連絡があります。その名前は「オオシタキョウジロウ」。持ち物の腕時計にその名前があったと。
え、恐怖小説。ざわー。
しかし、これは、さわやかな愛の物語なんです。
笹本稜平、うまいなあ。脅かしておいて、ねえ。素敵な愛だなんて。
印象に残る言葉もありました
「欲しいものを楽して手に入れようとするのが欲。それを手に入れるため労をいとわないのが夢」(ゴロさん)
ゴロさん、変な人です。冤罪容疑にも逆らわない、脳梗塞で死にそうなときも治療拒否、山小屋の休みの時は東京で路上生活、しかし魅力的です。
「死にたいと思うのは、結局自分のことしか考えていないからなのよ」(美由紀)
自殺願望から立ち直った美由紀の言葉は、説得力があります。
笹本稜平には、警察小説や冒険小説もあるとのことで、そちらも読んでみようと思いました。
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「平和と命こそ」(新日本出版、2014年)
副題が「憲法9条は世界の宝だ」とあるように、著名な3名の9条護持の平和論です。印象に残った言葉を紹介します。
澤地久枝は、ノンフィクション作家で、ミッドウエー海戦に参加した日米両軍の兵士について詳細なレポート「蒼海よ眠れ」を書いた人です。
「自衛隊は憲法違反ですから、あれをなくして、それに代わるものとして災害派遣隊を税金でつくったらいいと思います。・・・大きな地震や災害が起こった時、(世界に)丸腰で行って、無償で医療行為や救助をする組織を日本が持つことをどこの国が警戒するでしょうか。」
「私は諸悪の根源は何かと言ったら日米安保条約だと考えます。・・・集団的自衛権は、・・・さんざんお金を取ったけれども、今度は日本人の命を提供せよとアメリカは言っているのです」
2000年の誕生日に書いた詩。
・・・
政治に対する私の初心は
難民としての体験から芽生え
それから55年、
変わらず
変わりたくない
かたくなな私がいる
新世紀に日米安保条約は見直されるべき
このごく常識的な発言をするのに
勇気を試される時代がついに来た
信ずるままに飽くことなくいう
それ以外に
私のような人間には生きていく道はない
投げつけられる非難の言葉が
「バカ」であっても
「アカ」であっても
それにたじろぐまい
無視され疎外されようとも
私は私の道をゆこう
全ては個から始まり
ひとりから始まり
いかなる一人になるか決めるのは
己自身である。
いま
あえて挙げようとする旗はささやかで小さい
小さいけれども
誰にも蹂躙されることを許さない
私の旗であり
掲げることに私の志があり
私の生きる理由がある
宝田明は、有名な舞台・映画・テレビ俳優です。映画「ゴジラ」でも重要な役を演じました。
「私は役者であり右も左も中庸も皆さまがお客様と思っておりますから、・・ノンポリを通してまいりました。しかしこの年になりますと、もっと自分に正直に、自分の言ったことに責任をもって伝えていく必要があるのではないでしょうか。いま日本には、一機百数十億の戦闘機が数十機。多い少ないは別として海に囲まれ一億三千万もいる日本を、それで守れるわけはないのです。」
「日本を守るというなら、武力とは違う方法で守ったらいいのです。どこかの国に加担したり、どこかの国におんぶしてもらう必要など全然ありません。戦争が起きる前に行動するのが外交、政治というものでしょう」
「私は、憲法9条は世界の宝だと言ってます。日本は軍事力はいらない、軍隊もいらないと宣言したわけですから、世界のだれに恥じることもなく、もっと堂々としていたらいいじゃないですか。9条を守り抜く、凛とした日本人でなければいけないなと思っております」(2022年3月14日逝去)
日野原重明は、内科医、元聖路加病院院長、キリスト者、教育者、文化勲章受章・・・なんて紹介するまでもありませんね。
「同時多発テロが起きた時に、ほんとにアメリカが正しいなら、今度はやるなよと言って仕返しをしなければ、その後の泥沼のような戦争は起こらなかったのです。仕返しは仕返しを生むのです。エンドレスの戦争になっているのです」
「米軍の基地をなくして、最後に空母も日本の近海に入らないようにしたら日本はどこの国から攻撃されますか。武器も持たず軍隊も持たず、アメリカの基地もなくなったら、そんな国を攻撃しようとする国はあり得ないのではないですか。日本が裸になって、憲法通りに武器を持たず、戦争はしないと言っていれば、他国が日本を攻撃する理由は絶対ないのです。もしそんな国を攻撃したら、国連は黙っていないでしょう」
「世界に平和をもたらすというのはとてつもない大きな輪です。その一部分を私達は生きている間に担っているのです。・・・その先に子供や孫がその輪を完成してくれるという事を確信しながら行動することが必要であると思います」
「憲法を変えようという国民投票の時には、勇気をもってノーと言おうではありませんか。日本は軍隊を持たない、そして自衛隊は日本や外国で大きな自然災害が起こったら、すぐに出動できるようなものでなくてはいけないと思います。そういう船や飛行機を日本は持っているという事です。」(2017年7月逝去(満105歳))
澤地は、1930年生まれ、宝田は、1934年生まれ、日野原は1911年生まれです。敗戦時には、澤地は、14歳、宝田は、11歳、日野原は、34歳です。お三方に共通するのは、
戦争体験者という事です。特に宝田の満州からの引揚体験には胸を打たれます。
そしてお三方とも、その戦争体験に基づいて、戦争は絶対悪という観点から、憲法9条を戦争放棄・非武装・交戦権否認と解釈し、自衛隊を国内外の災害救助部隊に改編すべきと考えています。安保条約も廃棄という考えで一致しています。体験に裏打ちされた彼等の言葉は重く力強い。
この考えは非武装中立の安全保障方式とまとめられると思います。1950年ころの全面講和論、1960年、1970年の安保闘争の頃、日本国民の間にかなり強い底流としてあった考えです。
お三方が、この本の出版された2014年でもこの考え方を堅持していることに敬意を表します。
私は、現在、安保法廃棄による厳密な「専守防衛」に戻す→武装中立(安保条約廃棄)→非武装中立・国連軍創出・国際法貫徹という段階的安全保障を考えてます。
しかし、彼らの一気の非武装中立の方が正しいのかもしれません。少なくとも国民の死傷者数は、自衛戦争を戦うより少ない可能性が高いと想像します。
彼等は、非武装中立の場合の安全保障の手段の詳細と日本が侵略された場合どうするかについては答えてません。
その答えとして今私が思いつくのは、小林直樹「憲法第9条」(岩波新書、1982年)と近頃私が紹介した岡井敏「平和憲法だけで国は守れる」(社会批評社、2020年)です。