「忘却の河」再読

40年弱ぶりに再読した。久しぶりに文学を読んだ感じがした。

感想を述べる。20代の中ごろ読んだ感想がこの本には書いてある。貴重なものだ。それと今現在の感想をくらべてみるのも面白いと思うから。

(1)この本は、愛の本だ。

(あ)親子の愛。
娘二人は、主人公の父親の愛を素直に信じられない。受け入れられない。それは、主人公が素直に愛を表出できない性格だからだ。その理由は、主人公の生い立ちと青年期の愛の挫折=罪にある。貧困な村の貧困な家に生まれ、養子に出され養親に育てられた。青春時代、愛を誓う人ができたが,その人を裏切ってしまう。裏切られた恋人は、二人の子供を母体に宿しながら自殺してしまう。裏切った理由は、養家へ義理にある。その罪の意識が妻と子へのぎこちない愛になると思う。長女は、自分の知っている子守唄が母が知らないので、自分の出生に秘密があるのではと思う。次女は、母の浮気を知っているので、自分はその人の子でないかと疑う。しかし、それは次女の家出?をきっかけに、父のストレートな愛を見て解消する。
長女の子守唄は、実はこの主人公の父親の故郷の子守唄だとわかって、父の愛が全面的証明される。それは感動的だ。この小説のうまいところだ。

(い)夫婦の愛
主人公は、その罪故、初め妻を愛していない。妻は愛されないさみしさから浮気をする。浮気相手は戦死する。妻は生涯その恋人を忘れない。一方夫の方も自殺した恋人を忘れていない。忘れられぬ愛=実らなかった愛というのがある。一方しかし、この二人は、日常生活の中で支えあっているのではないか。それもまた愛なのではないか。そして妻の死後妻の浮気を知って、夫は救われた気になる。それはわかる気がする。妻に対して悪いという気があるからな。夫婦の愛は、そんなものかも知れない。日常生活で支え合うというのも愛だ。

(う)子どもたちの愛やその他の愛
 大した中味はない。長女と芸術家の愛はさもありなん程度か。今でいえば不倫だな。しかし、前の男と結婚することになるという過程は、あまり描写していないがまあいいだろう。芸術家の心に分け入った描写は不要で、この小説の失敗した部分だ。次女の愛は、まだ愛ではないねえ。

(2)主人公の心の描写について
連想して過去へとさかのぼっていく手法が面白い。そして暗い過去を描写するのに適した描き方でこの小説の魅力になっている。同一人物を彼と私あるいは僕というかきわけをしているのも素晴らしい手法である。

(3)この小説は、罪とそれからの救済がテーマとも言えると思う。

俺の24,5才の頃の感想

①この小説の主題は、僕は人間の罪というものだと思う。この男の罪が最も鮮やかである。忘れようとしてもわすれられず、ときどきぼっと出てくる思い出なのだ。いや思い出という言葉は、甘すぎる。ある人に対して申し訳なかったが、それに対する償いはもうできない。その人はすでに死んでしまっているからだ。
藤代は、○○(不明)を好きになり愛した。結婚すると約束した。しかし、彼女はおそらく結婚できないと思い自殺したのである。藤代は、その後結婚したが、その人に集中できない。自分のために死んだ昔の恋人がまだ心に残っている。そしてこの夫婦は不幸なのだ。
人は生きている時が多ければ多いほど罪を多く持っていくと思う。だれか他の人を傷つけることが積み重なっていくと思う。若い娘二人はまだそういう人生のチリが少ないのである。俺もこれから年寄るにつれて罪をどんどん増やしていくだろうと思う。君を本格的に好きになったということは、俺をもまた君をも果ては、他の人をも傷つけることはあるんだろうと思う。

②人がその人を好き本当に好きになるとはどういうことか。ある人(小説の中の芸術家ー40年後の注釈)は、「子どもができたらどうするの」と聞かれて、「赤ん坊なんか降ろしちゃえ」と言った。その時娘(次女ー40年後の注)は気がついた。ただ体だけを求めていることを。自分の母親は、不倫の行為の結果の子を堕ろさずに育てたことを考えて、その人に対する愛があったとわかったのである。

③故郷とはどういうところだろう。一つは自分の生まれ故郷である。もうひとつは魂の故郷である。それは好きな女の生まれたところという場合もある。「純な自分」があったところが、汚れた人間にとっては故郷=気をひかれるところである。

俺の24、5歳のころの感想への感想

①について。
罪がテーマと言うのには賛成する。しかし罪とそこから起こった家族の不協和音からの救済がメーンテーマであると見ていない。読みが浅いのでは。いや人生経験が少なかったんだ。このころは。人は生きていけばいく程多くの罪を重ねて行くというのは賛成する。俺は今までの人生で罪というのは、多くは仕事上の人間関係の罪である。それは罪と言うほどのことではないかもしれぬ。罪を傷つけること考えれば、罪ではない。失敗程度か。ああすれば、こうすればという感じかな。これは悔みにちかいかなあ。
いや、俺が気づいていないだけで傷つけていることは多々あるのかもしれぬ。仕事上もそれ以外でも。それの多くは、多分家族へ対してであろうなあ。
それらのすべての罪も、ある程度許されるのではないかとも思う。許しというのも大きなものだなあ。いや癒しなのかな。
 
あの頃好きだった人への罪はなかったといえると思う。うまく行かなかったけれど、傷つけもせず、傷つけられもせず終わった。良かった。

②について当たり前と思うが、まあその通りだ。

③について、良くわからぬ。
この小説の主人公については確かに若い昔のおれのいう通りと思う。主人公が贖罪という感じで自殺した恋人の故郷や自殺した場所を訪れる場面は感動的だ。一般的には、故郷は上の言う通りかどうかは良くわからぬ。俺は、今までの人生でこんな重い罪を背負わず大過なく過ごせてよかった。大過なくというのは、月並みだけれど、適切なまことに適切な言葉である。