昨日につづく今日であった

これは、時間の経過を示す映画の字幕です。

映画「二十四の瞳」の字幕は、「海の色も山の姿も昨日に続く今日であった」に続いて、「しかし、流れ去った5年の歳月の間に、満州事変、上海事変、世の中は不況の波に押しまくられていた」と続きます。また八年後にも同じ言葉が登場します。「海の色も山の姿も昨日に続く今日であった」という字幕に続いて、「しかしそこに住む人々の生活は、支那事変、日独防共協定と大きな歴史の流れに押し流されていった」と字幕に流れます。


安保法制が成立して一カ月が経ちました。

眼前の風景は、安保法制の成立前と変わりません。相変わらず、プロ野球の次期監督やドラフトが注目を集めてますし、相変わらず、企業のトップは不祥事にお詫びの頭を下げ、大臣は、不祥事のいいわけに大わらわです。テレビは、刑事ものや医療ものの楽しいドラマを流し、面白可笑しいバラエテイーを流しています。庶民は、仕事に追われ、お金の心配をし、日常の楽しみ苦しみに生きています。

昨日につづく今日です。

安保法制の前後で眼前の風景、人々の暮らしは、変化がないように見えます。

しかし、安保法制成立以後は、以前と大きく違います
政府が判断し、国会が承認すれば、自衛隊は世界中で米軍を後方支援するようになります。後方支援は、戦争への参加です。自公政治の今を見れば、国会は、政府を抑える歯止めにはなりえません。

日本は、海外で戦争をすることが可能な国になりました。安保法以前は、できませんでした。(正確には1999年の周辺事態法以前)

勿論、この法制は憲法違反です。海外で日本が戦争に参加して、裁判になれば、憲法違反と言う判断がでるでしょう。しかし、その時は、もう、遅いのです。日本は、どこかの国やどこかの武力集団の敵となっています。誰かの憎悪の対象になります。日本国民は、その国やその集団の憎悪の対象です。

今日は、70年続いた昨日に続く今日ではなくなりました。

戦後70年続いた平和な(正確には海外で戦争できない)昨日に続く今日に戻しましょう。そして明日にしましょう。

安保法制を廃止しましょう。安倍内閣を倒しましょう。