泣く孫に思う

昨日は相馬のスタンディング、今日は原町のスタンディングに行ってきました。

原町のスタンディング風景です。曇り空の下14名も参加しました。相馬は4名参加でした。
私のプラカードは、次の三つです。いずれも前に書いたものです。近頃新しいものを作ってません。

シナイ半島多国籍軍陸上自衛隊の司令部要員を派遣するという話です。安保法制がひそかに定着していることへの危機感からこのカードを掲げました。

最近加計孝太郎の記者会見がありました。朝日の報道によると新しいことはなくて、首相と加計氏の嘘の疑惑は晴れないとのことでした。それでこのカードを引っ張り出しました。

来年の参院選を意識してこのプラカードを掲げました。安倍一強も盤石ではありません。国民の不満はかなりあります。それを顕在化すべきです。一人区は、野党が共闘しなければ絶対勝てません。思い出しましょう。安保法制について維新などを除いて野党は皆反対でした。これを共通の公約にすべきです。

さてこのところ私の生活はかなり変化しました。
現在我が家にいる2か月の孫の影響です。

小さい存在ですが極めて大きい存在です。私の生活も大きく変化しました。ミルクつくりと飲ませることは毎日2回以上します。抱っこは結構やります。これは肩がこる仕事です。夕食づくりは倍増しました。風呂洗いは私の専門職となりました。

孫に接して改めて思うことは、子育ての大変さです。仕事と同等に大変です。私も二人の娘を育てましたが、すっかりその大変さを忘れていました。いや正確に言いましょう仕事を理由に子育ての大半を妻に押し付けていたというのが真相でしょう。勿論、子育てには大変な反面、同じくらい大きな喜びがあるでしょう。

一昨日安産祈願のお礼参りの帰りに、妻の実家に寄りました。88歳の義母は何回も言いました。「泣かせるなと(夫に)怒られて困って外をうろうろした」と。91歳の夫(私からは義父=特攻隊生き残り)は、言います。「おらはおっぱい飲ませれば泣き止むと思ってた」

どちらもよくわかります。

疲れて眠い、また明日の仕事が気にかかる夫の気持ちももわかります。夫に怒られ、なく子を抱えて夜中外をうろうろという母親の気持ちもわかります。

それでも男には、「仕事の方が大変、子育ては女の仕事、妻子は俺の仕事で食っている」という傲慢さと子育てへの無理解があると思います。子育ての大変さは休みがないこと、切りがないことだと思います。
今の若い男性はどうなのでしょうか。私達のような感覚では、今は女性に子供を産んでもらえない、結婚してもらえないだろうと思います。

それにしても4人がかりでも子育ては大変ですので、母子家庭、父子家庭は実家の応援があってもほんとに大変でしょう。命を削る大変さだと思います。社会全体での支援の強化がぜひ必要です。


泣く子と地頭にゃ勝てぬということわざがあります。理屈のわからぬ子どもと理屈無視の権力者には勝てないという意味です。その通りと思いますが、私は今、泣く子にゃ勝てぬという意味を別に感じます。生後2か月の存在は、自分の命を懸けて泣きます。喉乾いた、おなかすいた、この泣き声には、このままじゃ死んじゃうという、生命体の必死の訴えを感じます。その泣き声で私はおろおろします。


そうして私は想像します。食糧を手に入れられない飢饉などの、実に多様な古今の状況を。その時の母親や父親や家族や周りの人はどれほど困ったでしょう。想像を絶する苦痛と思います。かわいい子が孫が命を懸けて要求していることにこたえられない苦しさを。答えられなければ、かわいい子や孫が死んじゃうわけですから。古今東西、万古不変の母親の困苦を想像します。


そうしてまた私は、沖縄戦を連想しました。米軍の攻撃から逃げて、日本兵と民間人が一緒に生活しているガマ(鍾乳洞)の中のことを。

赤ん坊は腹が減れば泣きます。それはどうしようもないことです。食糧がないため母乳が出ないという状況も十分想像できます。しかし泣き声は米兵にその存在を知られることになります。そこで日本兵は、母親に何とかせよという。それも十分考えられます。この時この母親に何ができたでしょう。ガマを出ること、子を殺すことくらいしかできません。この母親がどちらもできない場合、日本兵が殺すということもあったでしょう。このような状況は、普通の想像力があれば容易に想像できることです。絶対あったことです。その時の母親の痛苦はどれほどでしょう。

私達は決して母親たちをこんな目に遭わせてはいけません。孫の泣き声にこんなことを思っている今日この頃です。