9条は、戦争に勝ったGHQが日本に下した死刑宣告だ

むのたけじの「希望は絶望のど真ん中に」(岩波新書)を読みました。印象に残る言葉が一杯あったので、備忘のために書き残しておきます。自分のコメントも残して、ときどき考えてみます。

○やると決めたら100年やりとおす、やり通せるのが教育の方針だ。
→教育に口出す政権は、教育を宣伝や政権の永続欲のためだ。子どもは、君たちのものじゃない。

○戦後の日本は、米国の51番目のサーバントだ。日本政府は、米国の意向を笠に着て、自らの利益中心に動いてきた。どちらも間違いだ。
→まったく同感。

○人は人を支配することにしくじり、人に支配されることに落第した。
→そうかも。しかし、人を支配するとは?

○英雄・偉人・天才・豪傑の言説で人類を救済しようと試みたが皆空ぶり、その結果が現状だ。
→そうかも。しかし少しは進歩してるのでは?私を救えるのは私のみだ。何を頼ってもだめだ。みんなの問題はみんなで解決するしかない。→まったく同感。

○700万年の人類の原質の一つは、個体の個体への尊重だ。個を全体へ従属させたらどちらもだめになる。
→なるほど、その通り。現日本国憲法の「すべて国民は、個人として尊重される」は、人類の進歩の歴史に添う規定だ。自民党憲法改正案はこの部分こうなっている。「国民は、人として尊重される」ひどく違う。俺は猿じゃないので尊重されるのか。俺は俺の考え行動がある。人は皆それぞれ個性がある。それを尊重すべきなのだ。それを自民案は否定している。自民党の駄目さがよくわかる。

○700万年に人類の歴史を一日に例えたなら、戦争を始めたのは、23時59分58秒からだ。争い好きの人類は戦争をなくせないなんて大ウソだ。
→同感

○「平和のための戦争と言う合言葉はペテンでインチキだった」
→この前の戦争も「東洋平和のために」行われた。安倍首相の言う「積極的平和主義」も
まったく同類のペテン、インチキだと思う。

○戦争に殺されまいとしたら戦争を殺さねばならぬ→同感

○「戦争いらぬ、やれぬ世へ」進む可能性は、時とともに増すだろう→同感

○人類の大多数は戦争がなければ良いと思っているだろうから、なくせば良い。今は国民が国家の主権者だ。大部分の国民が決意して行動するなら国家の意思をどうにでも決められる。人類の大きな問題は、戦争、病気、貧困だ。戦争をなくし、戦争のためのヒト・モノ・カネを病気・貧困に余さず使えば、8,9割は亡くなる。
→力強いお言葉、ありがとうございます。私も、ごくごく微力ながら努力します。

○戦争行為を公認した国際司法裁判所や国際会議の手続きは皆無だ。
→疑問。私の読み不足かも。国連憲章では、国連が何とかする前の侵略戦争に対する自衛戦争を肯定している。国連憲章は手続きじゃないのか?考え継続。

○歴史の掟は厳しい。人が人としてやらねばならぬことをやり遂げない人に対しては、後退させることはあっても、歴史の道を前へは進ませない。
日本人は、自分たちの戦争行為を自分たちで裁くことをやらなかった。GHQの極東軍事裁判に任せて、それですませた。日本国憲法も、草案をGHQから受け取り、それですませた。必ずやらねばならぬことをやらねば、その報いが来ることは当然だ。
→明治の私擬憲法、戦後の憲法研究会による憲法草案等GHQ草案に生かされたものもある。戦後国会での修正、賛成多数等、「それですませた」とばかり言えないのではないか。
しかしなぜ、これほどに憲法体制は、ぼろぼろにされるのか。やはりむのさんの言うとおり、「それですませた」という方が正しいのか。
→「歴史の掟は厳しい」。厳しいお言葉です。その通りと思います。nankaiさんがブログで同じことをおっしゃってます。

○9条は、GHQが日本に下した死刑宣告だ。
私(むのたけじ)は、9条をGHQの配慮と思っていた。世界平和の理想を実現するため日本も努力すれば名誉を回復できると思っていた。80歳を過ぎてから、それはおかしいと思うようになった。もしそうなら、かつての連合国も9条を取り入れるはずだからだ。
現状では、交戦権否認と軍隊保持は、国家であることの条件・資格だ。何故日本は死刑宣告されたか。日本国民自ら戦争責任を裁かなかったからだ。迷惑をかけた全ての人々に誠心誠意謝らなかったからだ。
9条が死刑宣告にしても、そのなかに自分たちと人類みんなの真実の喜ぶに至る道を見たであろう。・・絶望のど真ん中の、そのどん底にこそ、不滅の希望が輝いているのだ。
→「9条は死刑宣告」、むのさんも雷鳴が響くように、このことが頭に浮かんだそうだが、私にとっても、雷鳴・稲光の言葉である。確かに、連合国による死刑宣告と言う意味もある。
しかし、私はこう思う。死刑を宣告されたのは、軍事力に頼る国家だと。それは、根本的に人類の幸せをもたらさないから。また、軍国日本に対する死刑宣告は、宣告した連合国自身に対する死刑宣告でもあると。連合国は今もって軍事国家であるから。私はそう思う。
日本は、本来の「専守防衛」に徹しつつ、武装中立(日米同盟廃棄)から非武装中立・全世界の軍備全廃・国連軍創設(この時には国連警察)へ行こうじゃないか。人類を、この理想に引っ張って行こうじゃないか。