虚構を信じる能力ーサピエンス全史を読んで(上)ー

 numapyさんがかつて触れられていた本「サピエンス全史」(上)(ユヴァル・ノア・ハラリ著)を読みました。

えらいものを読んじまった、というのが一番の感想です。脳みその劣化が激しいので読むのに一苦労です。前半の感想を述べます。後半まで読めるか、はなはだ疑問です。

第一部 認知革命

初めの語り口は、すべてをぶった切るという感じで、マルクスの経済学・哲学・歴史論のようだと思った。ドキドキした。が読むにつれ、その印象はなくなった。彼は、すべてを説明する理論を提示してはいない。この著書は、人類の発生から未来まで説明している。その説明は鋭い。また私の知識不足もあり、多くの面で、新鮮で面白かった。

「概要」

(1)我々現生人類(ホモサピエンス)は、数多くの人類の中でただ一つ生き残った人類であり、生き残れた主因は、二足歩行でもなく、道具、火を扱う事でもなく、言語をあやつる能力でもなく(これらは他の動物、他の人類も使える)、現実にありえないある何か(虚構)を信じる能力を獲得したことだ。それは、多くの人間の共同行動を可能とした。それが勝ち残った理由である。

(2)サピエンスは、生き残る過程できわめて多くの動物と多くの他の人類を絶滅させた、史上最も危険な種である。

「感想」

(1)筆者は、サピエンスの「虚構を信じる能力」を、原始時代では、伝説・神話・宗教で説明している。現代では、例として、皆が、自動車会社プジョー有限責任会社)の存在を信じることで説明している。

 

私は、この説明に大いに納得した。

 

「人間は自由かつ平等」(フランス人権宣言)も、「人権を確立するため、政府が樹立された」(米独立宣言)も、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」(共産党宣言)も、「万世一系天皇これを統治す」(明治憲法)「満蒙は生命線」も「大東亜共栄圏」もみな虚構である。ナチス第三帝国」も虚構である。「日米同盟こそ日本の安全保障の根本である」も虚構である。これを信じた多数が、この虚構を現実化するため行動したのである。勿論現日本国憲法も虚構である。すべては、この虚構をどれだけの人が現実化しようとするか、にかかっている。

 

これは考えてみれば、ごくごく当たり前のことである。

 

思い出したのは、丸山眞男の「大日本帝国が実在だったとでもいうのか、私は戦後民主主義の虚妄にかける」(少し違う言い回しかもしれない)という言葉である。私もまた、微細な存在ながら、「戦後民主主義の虚妄にかける」、つもりである。私は、丸山の言う虚妄をハラリの言う虚構と解釈する。それは頭の中で作った共同イメージである。ハラリは、これを「集団主観」とも言っている。

 

(2)我々サピエンスの、実に多くの動物・人類を絶滅させてきた事実に戦慄する。

とくに、他の人類=兄弟=ネアンデルタール人等を多くの場所で、何らかの形で絶滅(集団虐殺も当然あったろう、∵サピエンス同士の虐殺がどれほどあったか!)させてきたことを絶望的に悲しく想像する。

 

 

第2部 農業革命

「概要」と「感想」(

(1)農業革命(小麦・米・芋・トウモロコシ等の栽培、牛・豚・羊・鶏等の家畜化)

は、サピエンスの人口を激増させたが、彼ら個々人の生活を楽にはしなかった。これは、史上最大の詐欺であり、罠であった。

実に面白いなあ。なるほど、罠なんだ。

マスクは、この(一見)豊かな社会のトップクラスの会社で「もっともっともっと働け」とわめく。いやだったら会社をやめろと叫ぶ。

豊かになったのだから、もう働かなくたっていいはずだ。・・・確かにサピエンスは、農業が始まって以来、ひどい罠にはまっている。勿論経済成長神話も罠である。

(2)農業革命は、栽培作物によるサピエンスの家畜化であり、家畜動物にとっての大惨事である。

→面白い。サピエンスは、栽培作物に奉仕している奴隷かもしれない。人類史の一面は、栽培作物様の為、殺し合いまでしてきたと言える。

(3)農業革命は、人類の社会の拡大をもたらした。国家もその帰結の一つである。拡大の基礎は、定住、余剰農産物、身分差(指導者・庶民・奴隷)、想像上の秩序(神話、宗教、法律)、書紀体系(文字・記号・数・それを使う専門家・官僚制)である。

→特に目新しい記述と思わない。ただ数の概念とその利用が大きな役目を果たしたことになるほど、と思った。筆者は、コンピュータ処理技術まで言及している。

 

(4)想像上の秩序は、上層の人々の特権・権力と下層の人々への差別・迫害を生んだ。アメリカでの人種差別、貧富差別、インドでのカースト制度等。これは、法律を含む文化全般に組み込まれた。この格差の正当化には、宗教的神話、科学的神話が無理やり動員されたが、それは、論理的基盤・生物学的基盤を欠いている。

→どうして論理的基盤や生物学的基盤を欠いた格差が生まれたか、考えてみれば不思議である。上層の人々の既得権益確保のため存続・発展してきたとは思う。その初めは何か。出会ったサピエンス集団同士の、戦いの勝者と敗者であったか?

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(5)男女格差について

古今東西、男女格差はある。それは、生物学的差(女は子を産む)から起因するか。それは、分からないと筆者は言う。ハラリは、筋力差説、攻撃性説(男が攻撃性が強い)、男と女の生存作戦の長い蓄積(男:女を獲得するための強さ、女:子育てを実現するため男に従順、この遺伝子の積み重ね)、を紹介するが、このいずれも反論可能で、男女格差の由来を説明できていないという。

→ほんとだねえ、どこから男女格差が出来てくるんだろう。分からないね。また、先進国の中で特に日本に男女格差がひどいのは何故だろう。

いずれにせよ、格差が何らかの理由で作られた虚構なのは当然である。

 

第3部人類の統一

概要と感想(→)

(1)数百年単位でなく、数千年単位で人間の歴史を俯瞰すると、人類の歴史は統一へ向かっている。→そうなんだろうなと思う。

(2)統一する最強の征服者は、貨幣である。貨幣は、すべてのものを交換可能にするし、見知らぬどんな人でも協力できるようにする、もっとも効率的な相互信頼制度である

→なるほど。社畜化した人間は、己の能力・誇りの代わりに貨幣を得て、衣食住に代えている。日本の投資家が、ドルを買ったり売ったり、外国の公債や株式で構成された投資信託を買ったりしている。それって、見知らぬ人の協力を得ていると言える。

現在、世界の孤児に近い北朝鮮も外貨を稼いでミサイル開発・原爆開発をしている。これは貨幣が、好悪に無関係に、見知らぬ人が北朝鮮に貨幣を仲介者として協力していることになるな。

(3)帝国とは、大きさに関係なくいくつもの別個の民族を支配し、変更可能な境界を持ち無限に増殖する欲望を持つ。帝国は、抵抗する民族を残虐に弾圧し、その文化を消化する。やがてその民族も同化される。人類は、この2000年、殆ど帝国の中で暮らしてきた。将来も暮らすだろう。将来の帝国は、真にグローバルなものとなる。国家は急速にその独立性を失っている。

→ハラリは、これを2014年時点で著述している。その後の世界の動きは、国民国家の独立性を主張する方向に見える。例えば、トランプの「アメリカ・ファースト」、英国のEU離脱、国連の無力。

しかし、俯瞰的に見ると、人類は統一方向に向かっていると考える。グローバルな資本主義化、多国籍企業の活躍、国際NGOの活躍、共通の問題意識(環境、人権、平和、法の支配、民主主義)等々。